《 螺旋の城 》 


 2. セントラル・デパート

 街路にも自分以外、人はいない。
 人も車も皆無であることがすぐに判ってしまう。街は片側三車線はありそうな幅の広い車道と、距離を置いて建てられた五つの大きなビルだけで構成されている。決して小さくはない街なのだが、余りの殺風景に全容が一望に見渡せてしまう。
  建物はどれもコンテナ倉庫のように窓が少なく、ただの巨大な四角い箱のようだ。そして全てのビルもアスファルトの道さえも、アイボリーに塗装されている。清爽感には満ちているのだが、よく考えてみると、何と淋しく異様な光景なのだろう。果たしてこの街の名前は何だっただろうか?。それすらも思い出すことが出来ない。取り合えず、今は『ホワイト・タウン』と呼ぶことにしておこうか。
 さて、これからどうするべきなのか・・。私はどうして此処に戻ったのか・・。幾つかの建物の周りを逡巡しながら彷徨っていると、街には不釣り合いな青いテント地の庇が瞳に飛び込んできた。近付いてゆくと、その大きく張り出した庇の下に金箔の文字が書かれていた。味もそっけもないゴチックのロゴ。
 『センター・デパートメント』
 要するに街の中心にあるということなのか。店名が街の中心を意味していたことを住んでいた頃に気付いていただろうか。何も思い出せない。感覚が浮かぶが記憶とはまた違う。滑稽だ。一人苦笑した。
 待て、ひょっとすると何か買い物に来たのかも知れない。此所でしか手に入らないものを・・。そう、確かめるのは簡単だ。中に入ればいい。探し物を見ればきっと思い出すに違いない。ホワイト・タウンでまともにショッピングが出来る場所など、他にはないのだから。アスファルトに映る影を引き連れながら、庇の下へと足を滑り込ませる。デパートの入り口にしては珍しいガラスの回転ドアを押して、私は中へ入った。
 「おおっ!」
 しまった。感嘆の声が思わず、口から漏れてしまった。なんと店員が、そして買い物客が。僅かながら人がいるではないか!。天国で旧友達と再会したような驚愕に一瞬身体を硬直させた。しかし、大袈裟に過ぎた感動が去ると、今度は踵を返して表へ出ていきたい程の気恥ずかしさに襲われた。考えてみれば当たり前のことじゃないか。此所はデパートだ。そして今日は開店しているのである。まあいい、誰も奇声に気付いた様子もなさそうだし、羞恥心で逃げ出している場合ではない。
 気を取り直して店内に目を配る。内部の造作は普通のデパートと変わりない。だが、何か間が抜けている。違和感がある。
 一階のほぼ正方形をしたフロアは広いだけではなく、天井までが博物館並みに高く爽快だ。無数に吊られたシャンデリアと大理石らしき壁面が店内に明るさと清涼感を持たらしている。
客の少ないデパートにしては豪華な造りである。
 だが、問題は柱だ。九本の四角い支柱が縦横に三列づつ等間隔に並び、階上を支えている。柱の最上部から斜めに三色のストライプの帯が床部分まで廻っている。マジェンダ。イエロー。ライトブルー。明るいパステル色にカラーリングされた柱。これこそが違和感の根元だ。クリスマスの商戦時期にしても、これ程派手派手しく間の抜けた装飾はしないだろうに。じっと見ていると頭がふらふらしそうだ。ストライプに目を廻さぬよう気を付けながら売場を覗いてゆくとしよう。
 各売場は九本の柱の周りを囲むようにショー・ケースが陳列されて出来ている。正方形の売場の中では、シックな黒っぽいスーツに身を包んだ女子店員達が接客したり、商品を並べ替えたりしている。誰もが若く、念入りに化粧を施してしているが、統一された制服に個性は欠き消されている。
 目の前の売場では深紅のワンピースを着た中年の女性客が、大きくはだけた胸元にネックレスを当てて小首を傾げていた。声は届かないが、スタンド・ミラーの脇から顔を突き出した売り子が熱心に勧めているのが判る。品揃えは充分に豊富だ。直に口車に乗せられて高額な品を買わされてしまうのだろう。
 一階は高価な女性用のアクセサリー、宝飾品、ブランドのバッグ等が中心に販売されているようだ。これだけの贅沢品を買う人間が住んでいるのだろうか。ひょっとすると金持ちばかりが住むリゾート都市なのかも知れない。それなら、日焼けを嫌うブルジョア達が表にいない理由も判る。さて、誰かに声を掛けてみるか。いや、この階に私の欲しい物はなさそうだ。
 長いエスカレーターが左右の壁際に設置されている。比較的近い右側の壁際へと向かい、上昇してゆくプレイトに足を滑らせた。鈍調な移動を紛らわすためか、途中の壁には硝子の展示ケースが設置されている。
 ケースの中にはセカンド・バッグ、口紅、手鏡等の女性用の小物がレイアウトされている。エスカレーターが更に上昇すると、商品の中身が変わってゆく。どうやら二階の売場にある展示品へと移ったようだ。腕時計、財布、万年筆、そして・・。
 「これだ!」  探していたものは唐突に、しかもあっけなく私の前に現れた。ケース内の紫色にコーティングされた高級そうなボールペン・・。思わず商品ケースに掌を付け、顔を近付けた。そうだ。このボールペンはずっとそこに有ったものだ。それはその侭ケースの中で待ち続けていたのだ。永い間、十数年、いや、もっとだろうか。ボールペンの表面が光った。私を呼んでいるようだ。何とかあれを手元に戻さなくてはならない。
 でも、何故だろう?。この際、そんな事はどうでもいい。欲しい物は欲しい。兎に角、あっさりと私は手に入れたい物を見付けることが出来たのだ。
 目的物が眼下へと下がってゆく。のろまなプレイトの上昇を待ってなんかはいられない。踏段を駆け上り、二階に着くと傍を歩いていた小太りの男の腕を掴んだ。
 「あ、君。店の人だね!」
 「は、はい。さようでございますが」
 私の顔が急に迫ったために、店員は身体を後方に仰け反らせて答えた。
 「あの棚にあるボールペンが欲しいんだが」
 私は昇降機の下方を指さして言った。
 「エレベーターのウインドウ内のボールペンでございますか?」
 「そうだよ。あそこにある物が欲しいんだ」
 脂肪の乗った顔に円形眼鏡を掛けた男は腕を取られた愕きから覚めて、教育された店員の笑顔を取り繕った。
 「大変申し訳ございません。あちらの商品はかなり以前にディスプレイした商品でして、もう今は同じ物を取り扱っておりません。この階の左手奥に筆記用具のコーナーがございます。そちらで似た様な品をお求めになれると存じますので、ご覧下さい」
 三十半ば、私と同じぐらいか。だがな、大層悠長なお言葉使いも、何度も下がる眼鏡をずり上げる仕草も気にいらない。
 「あれが欲しいんだ。あそこに展示してある商品でないと駄目なんだ」
 「そう、仰せられましても・・。あちらは販売品ではございませんので」
 今にも汗を噴き出させそうな脂顔が困惑に歪んだ。その醜い表情に不快感が増す。
 「いいから、出して見せてくれないかな。あれは昔、俺の物だったんだ」
 「は・・はあ?」
 ん、どうして私はそんな事を言ってるんだ?。しかし、それは間違いのない事実のように思う。いや、やはり私はどうかしているのかも知れない。まあ、どちらでもいい。欲しい物を売ってさえくれれば、それ以上何の文句もない
。  「しかし、そのような事が・・」
 ある筈が無い。そうだ。常識的には考えられない・・。仕方がない。このままでは店員の気分を害すだけで時間の無駄だ。怒りを抑えて作戦を変更することにした。
 「ああ、実はね。俺は、いや、僕はあのボールペンを作る工場に勤めていたんだ。その時の経営者から結婚記念で二本を贈られたんだけど、うっかり自分が使っていたものを出荷品から洩れた物と勘違いしてしまってね。それを一緒に此方へ納品してしまったようなんだ」
 「それが、あれだと?」
 言葉遣いを緩めた私に、店員は呆れた顔を見せる。
 「ああ、間違いない。僕にとっては特別な物なんだ。そして、それを十年・・?。い、いや、もっとかも知れない。ずっと探していたんだ。先日、やっと工場の同僚に会えてね、彼もそれなら此処のデパートに納めた商品に紛れたに違いないと言ってくれたんだ。それで、遠くから態々来たんだ。どうしても、自分の手に戻したいんだよ。何とかならないかな」
 咄嗟に思い付いたにしては旨い嘘だ。いやとんでも無い目茶苦茶だ。まあ、どっちでもいい。店員がそれを信じるかだ。
 男は首を傾げながら、また眼鏡をずり上げやがった。私は怒りを呑み込む。
 「はあ、確かにあの商品はこの街にあった工場に委託して作らせた当店のオリジナル商品だったと前任から聞いておりますので、他のデパート等に納品されることはありえないのですが・・」
 この街にある工場?。そう言えば、この街の工場で働いていたような・・。
 「そうだよ。僕はその工場で働いていたんだ。ほら浜辺のずっと西側の小さな村・・、 そう、タイムズ・ビレッジ。知ってるだろう。僕はあそこから通っていたんだよ」  全く忘れていたはずの村の名前が、無意識に口から吐いて出た。はて、本当にそこで暮らしていたのか。
 「はあ、確かに村がありましたが・・」
 店員は疑惑の目を向けるが、真実を追求しようという気までは無なさそうだ。
 「何とかならないかな?。今となれば亡くなった妻との唯一の思い出の品なんだ。何とか売ってもらえないかな」
 早く折れてくれよ。私は金を払って買うと言ってるんだ。早々と売ってくれればいいんだ。
 「しかし、お客様。どうして、あの一品だと解るのでしょうか?。いくら工場に居られた方とはいえ、そこまではお解りにならないかと存じますが」
 男は脂汗を浮き出させながらも、過去の優位を持ち出して、反撃に出てきた。以前、納品業者だったという立場も少しは考慮に入れるべきだろうか。更に声のトーンを落とした。
 「君には解らないかも知れないが、職人には微妙な色とか仕上がり具合とか、傷とかで解るんだよ。自分が使っていた物だったしね。見た瞬間に間違いないと思ったんだ。そんな、もんなんだよ」  オマエには情というものが無いのか。ガタガタ言ってないでケースから出しやがれ。この慇懃無礼野郎。
 「そうですか。う〜ん、しかし、困りました。古い商品ですので、コンピューターに品番が残っておらないような・・」
 「じゃ、何かい。このデパートでは扱ってもいない商品を何時までも平然と展示しているのかい。それじゃ、詐欺じゃないか。どういう事なんだい」
 それが詐欺になるのかどうか自信はない。だが、こうなったら、信用に訴えるしかない。再び語気が強まった私の顔を、通りかかる中年のアベック客が怪訝そうな目で見ている。
 「い、いえ・・。それでは少々お待ち頂けますでしょうか。上司に相談して参りますので」
 何でもいい、本気で怒り出す前に、手を打ちやがれ、そうでないと・・。鼻で深呼吸して、声を落とした。
 「じ、上司に話せば何とか成るんだね。じゃ、早急に頼むよ。僕はまたバスに乗らなければならないんだ」
 「はぁ・・バスですか?」
 店員はまた不可解な顔に戻る。私は自分で眉が吊り上がる瞬間が判った。
 「おい・・」言いかけた時に相手は頭を下げた。
 「では、すぐに戻りますので、こちらでお掛けになってお待ち下さい」
 店員はエスカレーター横の喫煙席を手示して、足早に時計売場の方に消えていった。





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