| 21世紀となりましたが、相変わらず新宿も人気は少なく不景気ですなぁ。ところで皆さん、ご存知でしたか?。1998年に新宿は施政300年を迎えて、新宿のあちらこちらで催し物が開かれたのですが、はて、さっぱり盛り上がりが伝わって来ませんでした。出来ることなら文化の街・新宿の盛り上げに一役買いたかったのですが、そんなものは重くて買えません。
新宿祭りの頃、一応、町のお勉強にと「新宿歴史博物館」にも足を運んだのですが、がらんがらん。本当にやる気あるのかにゃ〜、宣伝してんのかにゃ〜、という感じでした。でも、こんなに沢山の文士が住んでいたのかと驚きますよ。是非、文化人フェチと博物館フェチのカップルの方はデートコースにどうぞ。そうだ、受付の女性がじっと僕を見つめていたけど・・、はいはい、止めます。
思い返すと僕の小学校時代は不思議な事が沢山あったような気がします。花園神社には、漫画「ねこぢるうどん」によく出てくるなのようなボロボロの服をまとったマッドなおじさん、おばさんが境内に時々座っていて、一体どういう存在なのかとじ〜と見ていると、あちらもじ〜と見つめ返してくれるのです。ワクワクして見ていると、そのうち、おもむろに立ち上がり、ボロ雑巾を引きずって向かってきます。いや、ボロ雑巾の様な服ですね。でも、漫画みたいに包丁は持っていませんでした。
「なんじゃううわおう」
「わ〜、○ちがいが来た〜!」と、いつも五、六人集まる仲間は、今では禁句となった言葉を吐きながら、瞳は真剣に、頭ではちょっと嬉しい気持ちで走って逃げ出すのです。
「来た逃げろ〜」と叫びながら、実はぐるぐる廻っているだけで、怖い物見たさの僕等は決してそこから去ったりはしないのでした。そのうちマッドさんは喉が乾いたようで、お清めの手洗い場で水をがぶがぶ飲んで、後はとぼとぼと何処かに去っていってしまうのです。大銀杏の幹に隠れていた僕達は、あの水を飲むと「○ちがい」になってしまうと身震いして決して手をつけないのでした。
神社にはそう上手く逃げられる相手ばかりが存在したわけではありません。そこには、時々タチもやって来ました。タチは街のやくざさんが買っていた白く巨大な秋田犬です。この放し飼いの秋田犬には気が許せず、姿を見たら本気で逃げなければならないのでした。タチは子供達を追いかけるのが好きでした。追いつかれて、かなりの犠牲者が出ていました。
ある夏の日、タチの乱入に十人以上いた仲間達はちりぢりに逃げ惑い、僕は神楽舞台の横にある木の上に登ろうとしていました。気配を感じていなかったので、のんびり上がればいいやと思って、振り返ると、そこには僕の2倍もあるタチの顔が・・。二人は一瞬視線のレーザー・ビームで見つめ合いました。タチはニッと笑いました。とても長い時間のように感じました。言葉は出なかったと思います。僕は正気に返ると慌てて掛け登りましたが、後の祭りです。腹をガブと噛まれました。僕はそれでも何とか上へと登り、木の上でタチが去るのを待ちました。どれ程の時間がたったでしょう。
「おおい、みんなそろったから、ローラー・ゲームやるぞ。スケート持って来いよ」
という叫びに我を取り戻したのですが、僕は約1時間ぐらい木の上で茫然自失となって遠い目をしていたということです。そして、友達に送られて家まで返りましたが、二度と戻りたいはずがありませんのに、「早く来いよ。ばぁろう。何やってんっだよ。メンバーがたんねぇんだよ」と、毒づかれ、噛まれたことを報告していた父親にまで「ほら友達が呼んでるぞ。ぐずぐずするな。傷は浅い。子供は元気で外で遊べ」と追い立てられ、また修羅への道を歩むのでした。本当に狂犬病になるかも知れないのに、容赦無縁の素敵な時代でした。
ローラーゲームとは、ローラースケートを履いたふたつのチームが、同一方向にリンクを回りながら追い抜き合いを演じるというインドア・スポーツで何人抜いたかでポイントを競います。アメリカから入ってきたトラック競技と格闘技を合わせたようなスピード感溢れるスポーツ番組はすぐに大人気となり、小学生だった僕らもみんな見てました。東京・ボンバースに所属していた髪の長い佐々木ヨーコは他の男性プレイヤー達を肘鉄で倒しまくって、強くて一番人気のあるプレイヤーでした。うーん、しかし男性選手の名前は一人も覚えていません。知ってたら教えて。
さて、神社の社務所前でゲームが始まってしまうと僕はすっかりヨーコになったつもりで、腹を噛まれたショックも忘れて、ゲームに熱中するのでした。当時販売されていたスケートは鉄製の車輪のものしかなかったので、社務所の前はジャリジャリ、ガーガーとそれはもの凄い轟音がとどろきました。怒った神主さんが「いい加減にしろ〜」と竹箒を振り上げて飛び出して来るまで、僕等は遊んだのでした。目出たし目出たし。
この頃、花園ゴールデン街の辺りはまだ三光町という名前で、飲み屋ばかりじゃなくて、乾物屋や八百屋、魚屋、らーめん屋等があり、全くの商店街の様相でした。小学生の僕が遠征するのはせいぜい新宿御苑にザリガリや甲虫、くわがた虫等を捕りに行くか、ビワを盗み喰いする時ぐらいで、大体この辺りで用は足りていました。
何と言ってもすぐ裏に都電が走っていたので、其処は恰好の遊び場でした。今のゴールデン街裏にある遊歩道公園「四季の路」が、都電の軌道跡なのです。
其処は若松町の方に向かう都電が徐行運転する区間だったので、よく、都電の後ろに掴まってしばらくただ乗りを楽しんだり、線路の上に十円玉を置いてペッタンコにしたり、虫を置いたり、蛙を置いたり、仔猫を置いてどうなるか・・、嘘です。嘘です。それは嘘ですから。やってませんから。
でも、石や板を置いたりはしました。置いて帰って、翌日電車がひっくり返っていたら、とってもいいなぁ、凄いなぁ、素敵だなぁ、なんて思って、誰にも内緒で毎日せっせと堅い物を捜しては置いたのですが、ちっともひっくり返ってはくれませんでした。最後は相当大きい石を両線に置いたのですが、やっぱり駄目でした。
そりゃ、そうか。あれじゃ、運転席から見え見えですもんね。勿論、今でも時々昔を思い出して同じ様なことを、試すわけはありませんよね。
バラックの街には何処から来るのか知らないけど、時々変な人達が住んだりしてました。真っ昼間から、レスリングのレオタード?姿で街を歩くムキムキの坊主頭さんのことは特によく覚えています。あれはかなり派手なパステルカラーのものでした。大人から見たら変な人なのでしょうが、不思議と子供達には人気がありました。いつも一緒にいる弟子?の男はモジャモジャ頭が佐藤我次郎さんに似てましたし。
ほら、子供ってピエロや大道芸人的なおじさんにやたら惹かれるじゃないですか。コスプレおじさん本人は「僕は昔プロレスラーだったんだよ」と、のたもうていた気がします。なんせ、珍しいおじさん好きの僕等ですから、三番街辺りにあった部屋にドカドカと上がりこんでは、投げ飛ばされて遊んでもらってました。
ある日、ひとつ年上のユカリと年下のター坊と三人で、な〜んにもないのにベッドだけが目立つおじさんの家に遊びに行きました。相変わらずのレオタード姿で僕等を歓迎してくれました。いつもの様に格闘ごっこで暫く遊んでもらって、帰ろうとすると、「疲れただろう。僕は指圧が上手だから、マッサージをしてあげるよ」と言ってベッドで身体を解してくれました。
ユカリも解してもらったのですが、ユカリの番になると坊主さんは急に無口になって、やたら熱心でした。僕とター坊は、女の子はいいにゃ、沢山やってもらえてと思いつつ、我次郎が出してくれたアイス・キャンデーを舐めて見ていました。
マッチョさんの家を出ると、ユカリが「おかしいわ、あれは絶対におかしいわっ!」、あれはエッチだったと騒ぎ始めたのです。ま、今でいう【ロリータ製・スペシャル・セクハラ・バージョン・アップ5.5版】というところですか。すいません。言いません。
僕とター坊はアイス・キャンデーで冷え切った身体をプルプルと震わせるのに忙しく、あまり気にしていなかったのですが、ユカリは「どうしても納得いかない!。警察へ行くっ」と騒ぎ出し始めました。剣幕は徐々に凄くなって僕等はもっと身体がプルプルしました。
あのおじさん、小学生の女の子が相手でも楽しかったのかな〜?、そうなのかな〜?、なんて多分僕とター坊は同じ事を思いながら、すぐ傍の花園交番までユカリに引っ張っていかれたのです。
ああ、折角小父さんと仲良くなれたのに〜。アイス・キャンディーくれるのに〜、と思いながらも、ユカリの怒声に負けて「はい、そうです。はい、そうです」とお巡りさんに陳述したのでした。
そして、とってもヒマそうにしていたお巡りさん達はすぐに行こうと言いました。僕等はマッチョおじさんの家にお巡りさん達と一緒に戻りました。
現場で、お巡りさんに「オマエはどうしてそんな格好しているんだ!?」と言われたマッチョおじさんが答えられずにもじもじしていると、「交番まで来い!」とガチャと手錠を掛けられてしまいました。行き成りでした。僕はおじさんどうして答えないのかなぁと、ちょっと悲しい気持ちになってしまいました。別に男の子達だけで遊びに行っても優しいおじさんだったのに・・。やっぱり女の子とは遊ぶもんじゃないなぁと思いました。
そして、交番でのおじさんはお巡りさんに問い詰められて、シュンとなって大きな体はすっかり小さくなってしまいました。いつもは可愛いユカリは般若顔で訴えて、おじさんは頭到そこに泊まることになってしまいました。女の子は凄いな、あんな強そうな大男をうち負かしてしまうんだ。僕はボンバーズのヨーコよりもユカリの方がずっと強いんだと思いました。
おじさんは明日は何処かへ移されるということになりました。僕はちょいとユカリが好きだったので、おじさんの味方になれなかったのです。なんか後味が悪いなぁと思いながらも、でもきっと、おじさんのレオタードの股の部分が凄く大きくなっていたのに問題があるんだろうなぁ、しょうがにゃいんだ〜にゃ〜と、僕は一人納得して家に帰りました。
それから、この街からあのコスプレおじさんも、般若ユカリもいなくなってしまいました。いつか二人とは会ってみたいものです。
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