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◆サンゴ礁保全って何?(発生日 2010/02/27) ●沖縄に移り住んで早5か月が過ぎようとしている。沖縄に来た理由は幾つかある。勿論、ここ10年ぐらいの夢だったこともあるが、明らかに都会に疲れたこと。小説をじっくり書きたかったこと。石垣島でサロンを作りたいことなどがある。で、そのサロンの計画についてはこちらで準備を初めているので、興味のある方は是非、覗いて下さい。 <時の旅人プロジェクト> サロンの中のワークショップで自分がやりたいことのひとつに、「サンゴ礁の保全」がある。本島の珊瑚は過去から比べると現在は80%も失われたのではないかと言われている。1979年頃に約一ヶ月半沖縄を放浪して、初めて見た沖縄の海のことは忘れもしない。確かに30年経って見る本島の海にあの時の煌めきはない。 それはとても悲しいことである。何故なら美しい珊瑚の海は確実に癒しの効果があるからである、あの海をこれからの子供たちに見せてやることが出来なくなるとしたら、何という大人達のエゴだろう。 ジャブジャブ握らされる金で、珊瑚の海は自然現象だけでなく、開発という名目で埋められたりもしてきた。 もうそこに終止符を打たなくてはいけない時期が来ている。しかし基地問題で揺れている沖縄の珊瑚たちの行く末は前途多難である。 移住するまでの七年、離島を中心に巡り、ずっと懸念していたのは、海の色がどんどん濁ってきていることだ。そして、何処に行っても地元の海人が話すのは、昔はもっと種類があったとか、もっと色が豊かだったということばかり。頭の片隅には水の浄化をどうすればいいのだろうということばかりがあった。沖縄に行ったら物書きもいいが、珊瑚とマングローブの植林をしたい、という思いは日々強くなっていった。 そして、ある日ニュースで一人の男のことを知った。おそらく七年前には誰も知らなかったと思う。幸いなことに、今、珊瑚保全は漸く一人の男性の力で(実際は沢山の人が関わっているが)、活動として認められ、企の支援体制も入ってきた。その方のことは後で述べるとして、自分はまだダイビングのライセンスがないので、潜るわけにはいかない。で、出来ることは何かを考えるために、本を読み、講習会に出かけたりしている。 沖縄博物館が主催した二回の珊瑚保全に関する講習会は大変ためになった。一回目は10年2月20日、「造礁サンゴの保全と活用」で、講師は西平守孝氏(海洋博覧会記念公園管理財団総合研究センター)。日本での珊瑚の第一人者の方である。依って専門的な内容も満載で正直、頭が大変疲れたが、相当勉強にもなった。 第二回目は沖縄県サンゴ礁保全推進協議会主催「パネル座談会・サンゴ礁保全って何?」は協議会や関係者によるシンポジウムで、「生き物の多様性を生かした地域づくり」「海を中心とした町づくりー環境保全は町づくりー」「海人の変遷ー地消地消の両氏から観光サービスのダイバーへー」「都市と地域を結ぶ」「都市住民から見たサンゴ礁」と5つの項目に分けて珊瑚との関わりが語られた。前回に比べ専門的ではないが、視点は珊瑚と言うより、珊瑚と人間の共生をどうするかというところに主眼がおかれていた。珊瑚を守るためには正直、背景に経済活動の必要性があるわけだが、もっと純粋に学術的な見地で見ることは出来ないものかと、少し落胆もしたが、取りあえず沖縄県サンゴ礁保全推進協議会には入ることにした。 基本的に大騒ぎして、この問題に取り組む気はない。年齢的に言っても出来ることは、守ってゆくための心を皆の中にどう作ってゆくかということが主題になるように思っている。何とかして、沖縄の風土を少しでも残し、北から南における日本の自然の素晴らしさを再認識したいものだ。自分は寒いところが苦手なので、南からその活動を広げて行きたいと思う。 マングローブにしろ、珊瑚にしろ植林行為は人工的な再生に他ならないが、やがてそれが自然の力による再生に至るのであれば、それでよいのではないかと思う。そして論理よりも行動だ。 今では映画の主人公にもなり、珊瑚植林が一般化しつつある原動力を作った人に、「金城浩二」さんという方がいる。いつも思う事だが、物事はたった一人の人の思いから始まることが多い。私はこの方も思いの強さで世の中を変えた方の一人だと思う。金城さんの会社のサイトに略歴がある。その最初が面白い。「1998年エルニーニョ現象にて、沖縄のサンゴの大規模白化 を目の当たりにする。海にサンゴを植えないといけない時代が来ると感じた。その時、「俺が戻してやる」と奮起する。」はっきり言っておバカである。その当時、それがどれ程の無謀なことだったでしょうか。でもこういう方にはとてもシンパシーを感じます。自分も不可能だと思われた街おこしに寄与できたという自負もあるので、彼の「論議よりも実行」をというのは身に沁みて分かっています。人は外野でくさすくせに、状況が変わるとすぐに媚びたりもします。凡そ論議なんかしている時間があったら、行動して形を作っていった方が前進します。多くの人は人は形になるまで信じないのです。だから、こういった方は貴重です。いつか彼の手伝いが出来ればいいなと思っています。 30年前自分は沖縄に救われ、今も心地良く居させてもらっています。そして自分が死ぬ場所も沖縄しかないと思っているので、これからも引き続き、寧ろ自然目線で様々な現場活動をしたいと思っています。 (記述日 2010/03/02) |
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