政治を語ろう。


名護市市長選挙(発生日 2010/01/24)

●沖縄県名護市市長選挙は2010年01月24日に行われ、即日開票された。

勿論、沖縄県民となった上での普天間問題について記述してみたい。
当選したのはアメリカ軍基地の普天間飛行場について同市辺野古沖への移設に反対する無所属新人で前市教育長の稲嶺進氏だった。稲嶺氏は現在64歳。琉球大学法文学部卒。1972年、名護市役所入所から、36年間市職員を務め、名護市教育委員会教育長就任後、出馬。平成16年 沖縄県体育協会スポーツ功労賞受賞。

まず初めに選挙の結果は次点の前市長・島袋吉和氏とは1588票差で、決して大差ではなかったことを踏まえておきたい。

さて、移設反対派の知事の就任により、日米両政権が2006年にキャンプ・シュワブ沿岸部への移設を合意していた普天間飛行場移設計画の実行は今後の住民運動によっては暗礁に乗り上げる可能性も出来てきたわけである。

個人的には辺野古への移設は反対である。勿論、日本がいつまで防衛という言葉に踊らされ、アメリカ軍を沖縄に置いておくかという日米安保条約上の視点やら、地位協定の問題やらも包括しているのだが、残念ながら私自身普天間基地の傍に住む宜野湾市民であるが、正直そこまでの痛みの共有は出来ていない。

確かに戦闘機は年中、飛んでいる、だがそれほどの騒音に悩まされているわけではない。隣家の犬の無駄吠えの方が何十倍も五月蠅くて迷惑だ。そして近くの安良波ビーチでは散歩やジョギングしている沢山の兵士やらその家族達と行きかい、ハンビータウンのBARでは年中アメリカンに囲まれて飲むことになるが、それほどトラブルやらストレスを感じるわけでもない。彼等は彼等なりに意外と低姿勢でいるように感じる。当然、過去に起こった悲惨な女子中学生の暴行事件など忘れてはいけない問題もある。

しかし、沖縄に住んでみて、報道で騒がれているほどのうちな〜の反対論者とお目にかかったことがない。基地を移設したら沖縄は食べていけない・・という呟きばかりが小耳に入る。
個人的には米軍の日本からの全面撤収を望む立場ではない。正直、少しは防衛上の基地はあった方がよいと思っている。問題は日本政府が米国政府の思惑を探りながら、どれだけ戦略的に彼らを利用出来るかなのである。お互いに利用し合ってこその安保ではないか。
とは言え、沖縄に偏り過ぎているという状況は看過出きるものではないので、県民の内なる声はかなり意外だった。この内なる思いは沖縄からの基地移設の見えない足枷になっているのではないかと今は感じている。成程、これで選挙の結果が大差ではないことが頷ける。
ただ、その思いではいつまで経っても沖縄の経済的自立はありませんよと、警告したくなるないちゃ〜の自分がいる。

自分は珊瑚の保護活動に参画したいと思っている立場からすると、辺野古の自然が壊されることが一番心配である。普天間基地を残した方がいいとは、思わないが実際、普天間から基地が出て行った後というのは、どういう街づくり計画があるのだろう。町の自然が更に失われるのではないかという懸念の方が大きい。浮かれた挙句に乱開発で、振り返るとコンクリートジャングルなんていうのは御免こうむりたい。

鳩山由紀夫内閣はこの移設問題の結論を5月に持ち越すことを昨年の段階で明らかにしている。県外、国外へ移設の可能性を探っているが有力な候補地は見つかっていないようだ。だが、ゆっくり考えていいと思う。先延ばしと揶揄されようが、問題は最大の結果を出せるかどうかなのである。そして、大きな括りではなく、市井の県民ももっと具体的で身近な問題点をテーブルに乗せて語るべきではないのだろうか。書きながら小林よしのりの「沖縄論」を思い出してしまった。彼の見地は誤まってはいないように思う。
最後に兎に角辺野古に基地が移転しないことを切に願いたい。

(記述日 2010/01/26)



米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で、同県名護市議会は8日午前、政府・与党が検討中のキャンプ・シュワブ陸上部(名護市など)への移設案に反対する決議と意見書を全会一致で可決した。これに対し、平野博文官房長官は記者会見で、一般論として、地元が反対しても受け入れを求めるケースはあるとの見解を示した。(時事通信)(追記 2010/03/08)




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