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◆「竹島の日」って何だ(2005年3月16日)
●竹島の日は、2005年(平成17年)に、島根県が「竹島の日を定める条例」(平成17年3月25日島根県条例第36号)により定めた記念日。竹島(島根県隠岐郡隠岐)は、1905年(明治38年)1月28日に島根県への編入を閣議決定し、同年2月22日に島根県知事が所属所管を明らかにする告示を行った。2005年は、この閣議決定及び告示から100周年に当たり、これを記念して、3月16日、島根県議会は2月22日を「竹島の日」とする「竹島の日を定める条例」を制定・・、と、これに誰も異論がなければそれでいいのだが、韓国からこれに関して猛抗議が起こった。お決まりのと言ってはいけないが、領土問題である。 日本・韓国双方の大陸棚とも繋がっていない竹島は、島根県隠岐島の北西160キロに在り、2つの小島(西島と東島:男島と女島とも呼ぶ)と数十の岩礁からなる総面積0.23平方キロで東京・日比谷公園とほぼ同じぐらいの本当に小さな島である。小さい島であろうと領土問題は領土問題である。いや小さな島だからこそ扱いが難しいと言った方が正しいか。 この島に関しては韓国側は、「独島(トクド)」と呼び、自分たちの領域だという主張をしている。それまでは韓国政府も竹島への観光客の上陸を厳重に規制していたが、竹島の日条例制定に反発し、竹島観光を一般解禁、3月28日には一般観光客が初めて竹島に上陸することになる。殆ど日本の領有地扱いを認めていたようなものだが、行き成りの島根県の対応に切れた形だ。 さて、ではどちらの主張が正しいのかと、外務省のホームページ他でも色々調べてみるがこれまた非常に複雑で難しい。 外務省のホームページに、韓国が竹島(独島)を認識していなかったような表現もあるが、お互いにこんな近いところでそれはどうだろうか?。また、江戸時代初期にあたる17世紀半ばには、竹島から更に韓国寄りにある鬱陵島で、日本人の商人が78年間にわたり、アシカ猟・アワビ採取・木材伐採などの商業行為を行っていたことも事実で、その寄港地、漁猟地として竹島の領有権を確立したとあり、そうなのかとも思うが、韓国側では日本人が鬱陵島と竹島を韓国領と記している古書を提示している。かと思えば韓国側による島の呼び名の誤りから始まっている、などと奇奇怪怪だ。 決定的な問題となるのは日本を実行支配していたGHQが戦後、竹島を日本の行政権から外してしまったことだ。もしGHQがこのような処分をしていなければ竹島領有問題は起こっていないという説も強い。韓国はGHQの処分を踏まえて、竹島が韓国に返還されたと解釈し主張している。 調べると1999年には「竹島周辺には排他的経済水域を設けず、両国が共同管理する暫定水域」と日韓漁業協定では決めていたようだ。こういうところは全部共有地として友誼の地にしてしまえば、お互いに領土海域が広がっていいと思うのだが、現実にはそうはいかない。事の経緯が追いかけられないが、拿捕の問題などもしばしばあったようだ。 つまるところ、この手の問題はやはり日本側の戦後処理にも問題があったのではないかと、右寄りの私ですら思ってしまう。どうも敗戦を忘れることに終始した日本は、こういった細かい問題を投げ出してしまっているので、実効支配された後に幾ら騒いでも余りにも分が悪い。多少辛い思いをその時してでも、鳧は早めにつけておかないとならないのだろう。正直言って気が弱すぎる。中国との東シナ海の海底資源問題といい、恐らくこの問題も解決することが出来ぬままずるずると韓国側の領分となってしまうような気がする。そうなると一事が万事の懸念がある。 歴史的な主張をするのもいいのだが、現実に対応した動きを求めて行きたいものである。実際話し合いではいそうですね等と容易くゆくような状況ではない。外務省もよもやHPだけですましてはいないだろうが?。如何に・・。 (記載日 2005/03/30) |