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◆世田谷・一家四人殺人事件(発生日 2000/12/31) ●暮れも押し迫ったが、忘れてはいけない事件が5年目の区切りを迎えたので、記しておきたい。どうもこの事件の後から不可解な事件が増えた様に思えて仕方がない。 2000年(平成12年)12月31日、午前10時50分頃、東京都・世田谷区上祖師谷の経営コンサルタント会社社員・宮沢みきおさん(当時44歳)、妻の泰子さん(当時41歳)、長女の小学校2年生・にいなちゃん(当時8歳)、長男の保育園児・礼ちゃん(当時6歳)の一家4人が死んでいるのを、隣家に住む泰子さんの母親(当時71歳)が発見した。 現場は小田急成城学園前駅の北約1.5Kmに位置し、宮沢さん宅のある一角は都立祖師谷公園の拡張予定地だった。周りは公園整備が進んで転居した家が多く、西側の仙川と公園に囲まれるように宮沢さん宅を含め3軒が残っているに過ぎなかった。 警察の調査で犯行時間は、前日の30日、午後11時半から翌日の午前0時頃。犯人は、恐らく電柱を登って二階に侵入し、浴室の窓から入り、持参した鋭利な包丁で刺したと思われる。同時間帯に近所の人が宮沢さん宅でドスンという音を聞いる。また、刺し傷から死んでもなお執拗に包丁で刺したと思われ、当初怨恨説も浮上していた。ところが、夫婦関係は良好で、他人に恨まれることなど有りえないとの周辺の声が多く、またその事実も見当たらなかった。 犯人は持ってきた刃渡り24センチの柳刃包丁で最初にみきおさんを刺殺。その時、包丁の刃が欠けたため、台所にあった文化包丁に持ち替え、泰子さんとにいなちゃんを襲い、最後に礼ちゃんを殺した。礼ちゃんは絞殺ではなく鼻と口を塞がれたことによる窒息死と見られている。みきおさんは外出着、泰子さんと2人の子どもは寝巻と見られるジャージ姿だった。 何とも惨たらしい大晦日の惨劇である。丁度、暮れの事件だったので、内容が凶悪事件にも関わらず、余り詳しい報道がされなかったように記憶している。しかし、個人的にはその時にかなり衝撃を受けたのを覚えており、ずっと事件情報を追いかけていたが、不思議とこの事件の扱いは内容の割に少ないのである。 そして、もう一点は被害者の人物像が余り浮かんでこないのである。被害者も餌食にするマスコミにおいても何故が宮沢さん達の背景は他の事件と比べると殆ど露出していない。それはどうしてだろう。近隣住民の話しが真実だとすると、特に伏せる問題もないように思うのだが・・。 こうなるとどうしても考えてしまうのが、犯人側にある問題である。二階居間のタンスや机などの引出しが開けられ荒され、みきおさんの財布からは札が抜き取られ、泰子さんの塾の授業料15〜20万円がなくなっていた。犯人はみきおさんに抵抗され傷を負ってしまったようで、そのことで逆上して一家惨殺に至ったのだろうか。実際に金は奪っている様なので傍目から見たら物取りの犯行の様に思えるのだが、預金通帳、キャッシュカードなどは手つかずで、仕事関係の書類が床に散乱していたほか、風呂場の浴槽にも書類が散乱していた。これらは何を物語っているのだろうか。 そして、犯人は、犯行直後に逃走しておらず、泰子さんの母親が不審に思って、宮沢さん宅を訪問する10時30分頃まで室内に居たことが、インターネットによる検索操作をしたことでわかっている。また、犯人は四人を殺した後、冷蔵庫にあったアイスクリーム3個とメロンを手づかみで食べ、2リットルのペット麦茶を一気飲みしている。 一見動揺しているようで実はさほどの動揺をしていないようにも取れる。つまり一部はかなり計画的な様にも思える。 犯人の遺留品としては、指紋は勿論のこと、A型の血液痕、文化包丁1本、Lサイズのトレーナー、黒いハンカチ2枚、深緑色のヒップバッグ、韓国製の28センチと判明したテニスシューズの跡、黒のLサイズの「ユニクロ」のエアテックジャケット、韓国製のクラッシャーハット、黒革手袋、緑地に赤と橙色の格子模様のマフラー、この他、普通では手に入らない劇薬やら放射性物質の「モナザイト」など意味不明の物まで、満載である。 これだけの証拠品を残して置きながらこの犯人は全く浮かび上がって来ていない。一部には複数説を取るジャーナリストもいる。証拠品から警察は、韓国人ではないかという推測も行われ、指紋照合を依頼したが、適合する人物は出ていない。 まさに奇奇怪怪の事件である。余りに豊富な証拠品、そして年末の人がいる時間を狙った犯行、犯行後の10時間も何をしていたのか、どう推測してよいのかわからない。また最大の問題は宮崎さん達との接点になるわけだが、どうして宮崎さんが狙われたのか。そしてこれだけの証拠品がありながら、何故犯人に近づいてゆかないのか。 とても簡単に見えて全く先が見えない5年間を迎えてしまっている。個人的には金銭ではなく、怨恨や快楽犯の可能性が高い様に感じる。15万を手に入れたならリスクを冒して長くいる必要があったか?。証拠品はあらかじめ捜査を混乱させるために集めておいたものではないのか。葉書を持ちかえったのも、犯人像を逸らすためではないか。一見、単純な犯行の様に見えるが実は、色々な根回しや撹乱が施されているような気もする。愚かそうに見せて、捕まらないよ〜と挑戦状を叩きつけているように見えるのは自分だけであろうか。 そして宮崎さんはどんな仕事を抱えていたのだろうか。東大の農学部を出て、「SF・アニメ研究会」というサークルに入っていてオタクっぽい一面もあったらしいがワンゲル部でハイキングを楽しんだりとアウトドアな一面もあったらしい。 87年、米国大手企業コンサルタント会社の日本支社入社。その後も大手のコンサルタント会社に転職。中々仕事の出来る人だったようだ。ただ、報道とは少し違い、自宅周辺では潔癖で正義感の強い性格が表れて、よく違反者に注意をしていたので、逆恨みが全くなかったとは言い切れないようだ。 素人なのでプロファイル擬のことは避けておくが、何れにしろ子供には全くの罪のない事件には間違いない。そしてこの犯人の野放しは恐ろしい。異常性格者でないとはいい切れないので、早い解決を求めたいものだ。本当に切れ者だとしたら、もう何家族を襲っているかも知れない。 (記述日 2005/12/31) |
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2006年5月3日、犠牲となった泰子の姉の入江杏が事件を題材にした絵本を出版し、東京都台東区の東京国立博物館で記念講演をした。「(亡くなった人たちと)いつもつながっているという思いが、前に進む力をくれる」と語った。出版した絵本は『ずっとつながってるよ』(くもん出版)。殺害された姪のにいなちゃん、甥の礼ちゃんが大切にしていたクマのぬいぐるみ「ミシュカ」が主人公。 突然の家族4人との別れから、ミシュカが立ち直る姿を描いている。入江は事件後、ショックから立ち直れずにいたが、絵本を声に出して読むことで次第に心が癒やされたという。講演会で入江は、にいなちゃんが読んだ絵本「スーホの白い馬」を朗読。馬のなきがらで作った楽器が人々の心をうつストーリーを事件に重ね、「自分も妹(泰子)たちの遺志をくみとり、社会につなげたい」と話した。 (2006/05/05 追記) |
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2010年04月27日、本日新しい法案がまた一つ可決された。超党派の可決である。殺人事件などの凶悪事件の時効廃止を盛り込んだ刑法と刑事訴訟法の改正案。 時効制度の改正案は「人を死亡させた罪」を対象としたもので、最高刑が死刑にあたる殺人や強盗殺人などの罪は時効を廃止し、それ以外の「人を死亡させた罪」については、これまでの時効期間を2倍に延長するなどとしている。また、時効を迎えていない未解決事件にも適用される。改正案は、即日公布・施行される見通し。 この法律が施行されると、96年に起きた上智大生・小林順子さん殺害事件のほか、今年7月に時効が迫っていた、95年に東京・八王子市のスーパー「ナンペイ」で女子高校生ら3人が射殺された事件や、00年に東京・世田谷区で宮沢みきおさん一家4人が殺害された事件などの時効も廃止されることになる。 (2010/04/27 追記) |