社会を語ろう。JOEの私見


◆よしのり「戦争論」と軍歌

 ●この10月上旬と中旬にかけて小林よしのり「新ゴーマニズム宣言スペシャル・戦争論全3巻」を読み終えた。この漫画を読み切れた最大の理由は、この夏の8月・9月の当店の見事なまでの売上の落ち込みによるものだった。いつもならプライベートな気休めも含め、地元で飲むのだが、そんな余裕すらなかった。分厚い本は全三巻(幻冬舎)で5250円、ゴールデン街ならチャージと焼酎のボトルを1本飲み干したぐらいの金額である。そう考えると安い物である。
 勉強したこと、思考したことを含めると多分10日間ぐらいは金と身体を大事に出来ただろう。毎日飲むわけではないが、飲んだ日は徹底的というのが私の性分で、翌日は完全に廃人状態で無駄にすることを考えれば、金に貧したお陰で有意義に過ごせた時期であった。要するに、人は金に合わせて生活出来るということなのだが。
 私が漫画をこれだけ真剣に集中して読んだのはこれが初めてだろう。「小林よしのり」はずっと気になっていながら避けてきた。「東大一直線」後の「おぼっちゃまんくん」は読んだことがないが、「ゴーマニズム宣言」では余りにも漫画家としてのウィットが抜けて,主張が露骨に過ぎる印象を受けたため立ち上がりで、腹が一杯になってしまった。だが、「戦争論」は初刊からはほぼ6年経っていたが、この機会に読んでよかったと思う。
 漫画とは言え、内容は殆ど第二次世界大戦前後の日本の状況に関して綿密な考察を元に書かれている。私自身が認識を新たにしたことが沢山あって大変面白かった。南京大虐殺の違和感や、東京裁判、靖国問題にも新たな視点を取り入れることが出来た。小林氏が時代に向けて憂国の叫びを上げ始めた時期は、私が企業を起こした時期であり、疎遠となっていた父親が死んだ時期と重なっている。仕事に追われながら父の死を受けとめなければならない時期であった。
 私の父は相当戦争に行きたがっていたクチで、戦場で死ねなかったことを非常に悔やんでいた。長崎出身の父は1945年8月9日、14歳の夏、祖父と一緒に買い出しに出ており、丁度「日見峠」という長崎市街から東長崎に抜ける峠のトンネル手前で「ピカドン」が落ちるのを見ている。一家総出の買い出しで大倉家は殆ど生き残った。その時の記憶を多分一度だけしてくれたことがあったと思うのだが、残念ながら詳細を覚えていない。鎮西学園の旧友の多くは亡くなっており、父から学友というものの話しを聞いたことは一度もなかった。
 私は小学校に上がる前に、父から相当沢山の軍歌を習った。新宿の町中で覚えた歌を大声で歌うので、流石のオヤジもはにかんでいたらしい。今でも相当の軍歌を歌うことが出来るのはそのお陰だ。
 だが、私が中学当時の父の記憶と言えば、常に寡黙で不機嫌で、布団の中で戦記物の本を読んでいる姿だ。特にヒットラーとナチスドイツ関連の著書に傾倒していた。あの頃はもう取り憑かれていたのだろう。店が上手くいっている時期はよかったが、平成不況の初めには、生まれた時代のズレを嘆くばかりで、晩年は躁鬱病がひどく、殆ど会話は成り立たなかった。57歳で自ら死んだ時の姿は間違いなく兵士としての死に様であった。父は睡眠薬を多量に飲み、平成元年1月10日に昭和天皇の後を追うように逝った。昭和天皇の崩御は7日であった。父を発見した時、布団の中に乱れた様子もなく収まり、右手にサーベルのような短剣を握りしめ、唇を真一文字に結んでいた。
 父が逝き、後に残った戦記本は千冊近くはあったのではないかと思う。私は本に対する激しい怒りと悲しみがないまざって、戦記本の殆どを読むことなく処分した。今考えると凄い財産だったかも知れないが、当時私は戦争に取り憑かれていて家庭を振り返らなかった父の姿を思い出し、歴史としての戦争を激しく嫌悪していた。
 それから永い年月が流れた。やはり血は争えないのか、何かが呼んでいるのか、結局私も今過去の戦争の虜になりつつある。ろくでなしの自分が社会貢献を思うようになり、自分なりを考えていただけなのに、結局オヤジの足許に来てしまった。不思議なもので、遠ざけていた「戦争論」全巻を読んで、ほぼ8割の内容に共感した。やはり日本人である自分が男というアイデンティティーを語るためには此処は通らねばならない道の様だ。本当は戦争の話し抜きでオレのことやオマエのことを語りたいのだが、どうも肝心な時になると説得力が欠けてしまう。勿論、1953年生まれの小林氏も1957年生まれの私も戦争の現場にはいなかったのではあるが、思いは繋がり続いてゆくという摂理を感じると、過去があり今があるという現実を無視するわけにはいかないのだろう。また、彼が考えている「個」という概念に関しても考え方は殆ど変わらなかった。
 では、知識薄い私に何が出来るだろう。そう多分、これから私はカラオケで軍歌を歌うことが多くなるだろう。きっと小林氏同様に、伝達したい思いとは別な視点で右翼と言われるだろう。だが、彼の闘いと同じく、いつか私が歌う意味を分かる者も出てくるだろう。インターネット上では小林氏を糾弾するサイトも多いが、私は彼に敬意を払いたいと思う。日本人が忘れてしまっている視点があることは間違いない。また、名を為しての非難を越える闘いが壮絶であることに心中を察する。私はつくづく思う。いかに表舞台で闘ったことの無い者達の理論だけの批判が横行しているか・・。そこにはやってみたものでないと判らない世界がある。残念ながら臆病な日本人はそこを通過することから逃げてしまう。
 此処では敢えて、「戦争論」の内容に関しての論評は止めておきます。ただ、30代40代の方々は志向でなく、ひとつの資料・見解として読んでおいて欲しいと思います。
(記載日 2004/10/22)





【RETURN 2004】