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◆韓国の悪魔逮捕
●隣国の韓国で連続殺人凶悪事件の犯人が逮捕された。ソウル警察庁は7月26日朝、連続殺人事件の柳永哲(ユ・ヨンチョル)容疑者(34・無職)の身柄を送検した。 殺人を起こした数、残虐さにおいて韓国を恐怖に陥れたユ容疑者は、警察の調べで少なくとも21人を殺害したとみている。ユ容疑者自身の供述では26人を殺していると言っているが、死体が発見されなかったため21人となった模様だ。 一連の犯行が明らかになった発端は7月14日、ソウルの警察署に寄せられた一件の情報だった。ソウル市内の出張マッサージ手配業者が「30代の男からの電話で呼ばれた女性従業員が戻らない」と警察に通報した。暫くして同じ業者から「同一人物らしい男から電話があった」と再び通報。警察は、待ち合わせ場所に現れたユ容疑者を、他人の携帯電話を所持していた窃盗容疑などで緊急逮捕した。当初、軽い容疑と見ていた警察は取り調べで「20人以上殺した」というユの自供に愕然となった。迷宮入り状態だった昨年秋の資産家連続殺人に続いて、警察も知らなかった出張マッサージ女性連続殺害も供述。自供に基づき18日、市内の山中2カ所から女性11人のバラバラ遺体を見つけ、供述の信憑性があることの確認を取った上で、緊急記者会見を開いて発表した。 ユ容疑者はソウルの貧しい家に生まれ、中学生の頃に父親を病気でなくし、少年時代から愛を受けて育てられて居らず、友人も少なかったようだ。10代から盗みなどを働くようになったとされる。 窃盗で服役し、昨年9月に出所した直後ぐらいから、裕福そうな一軒家を狙って70代の大学名誉教授夫妻を殺害したのを始め11月までに4軒に押し入り、計8人を襲った。資産家を狙ったのは「自らの不遇が金持ちのせいと恨んだため」という。 年末から2月までは犯行が一時途絶えた。この間に知り合った女性と同居し「精神的に落ち着いていた」(警察筋)ためと見られる。しかし、服役中に妻に去られていたユ容疑者は、この女性からも結婚を断られたことがもとで、犯行を再会する。次の狙いは出張マッサージやテレクラの身体を売る女性達で3月から逮捕直前までに11人が犠牲になった。この犯行に関しては「女性に憎悪を抱いていた」と供述したとされる。 しかし、この合間の2月には衣料品店の女性従業員を、4月に露天商の男性を殺害した容疑も後で明らかになり、金持ちや風俗女性では括れない動機もあり、矛盾点も浮かんできている。 30代の男が1年足らずで計21人を殺害したとされる事件は波紋を広げている。被害拡大を防げなかった警察への批判が噴出し、事件を機に死刑制度の賛否をめぐる論議が浮上する一方、過去にデザイン学校に通い、絵の上手いユ容疑者が被害者の殺害時の様子をスケッチしていたらしいと猟奇性も話題にされている。韓国メディアでは逮捕後も連日ニュースで取り上げられている。 更に事件の衝撃は大きく、黒い野球帽と青いマスクで顔を隠し、テレビカメラの前に立つユ容疑者の姿は「動機不可解な殺人」に対する国民の不安心理を倍増させた。半面、インターネットには一時「二枚目で格好良いユ容疑者のファンクラブを作ろう」と殺人犯を称賛するサイトが登場、社会を驚かせた。 捜査当局によると、ユ容疑者は20日以降も「刑務所で暴力団や経済犯を殺して刑場の露と消える」と語ったり、拘置所でハンストしたりして話題になっている。自宅からは家族愛を唱える自作の詩が見つかったとのニュースも伝えられ、人間像をめぐる論議が続いている。 遂に韓国にも現代の悪魔が現れたかという感じだ。勿論、過去に韓国では映画「殺人の追憶」で話題になった1986年からの連続猟奇殺人事件があった。これはソウルに近い農村部で6年間に10人の女性が縛られ強姦されて殺された事件だが、迷宮入り状態となっている。しかし、ユ容疑者はこれを遙かに凌ぐ26人を僅か8ヶ月ぐらいの間に殺めている。どうして、近代化著しい都市部のソウルでこれだけの犯行が行えたのだろうと思う。また、ユ容疑者が捕まってから判った犯行が沢山あったことも、韓国社会から批判されている。 日本には小児を斬り殺した宅間守という殺人者がいた。犯行の形は全く違うが彼等には共通点が多い。彼等は犯行後改悛の情を見せることなく、犯行を明確な自分の意志としている。宅間は幼児ならばもっと殺せたと言い、ユ容疑者は捕まらなかったら100人は殺せたと言っている。そして二人とも、極刑を意に介していない。怖いのは彼等の様な確信犯達が増えてゆくことである。控訴や減刑等という微睡っこしい延命を求めず、潔く死んでいく。戦争や紛争下での覚悟なら大儀もあり、公的な意味合いもあるのだが、彼等は「私」の中だけで完結してしまう。自分のためのジハードとして人を殺してゆく。ここは過去から現代に至って大きく犯罪者心理が変わった部分ではないかと思う。 では、彼等は産まれながらの確信犯だったのだろうか?。昔から時々出現する精神異常的な犯罪者と決めつけてよいのだろうか?。 いや、彼等は根っからの殺人者ではなさそうだ。二人にはまだ共通点がある。生い立ちや性格からくる問題で抑制を失い爆発してしまったことは確かだが、どちらも愛を求めていた。愛する対象がある間は彼等は決して危険な存在ではなかった。 近代資本主義の進展が産み出してゆくもの、自由と快適、だが、その裏では無関心と孤独が拡がってゆく。広角化して定まらない視点の隙間に悪魔が降り立ってくる。コミュニティーを失った個別社会という落とし穴に填ってしまい、そして悪魔は凶悪を導く。 私は資本主義社会は目には映らない悪魔を育てていると思っている。この不安感を果たして自由と快適のためだけに天秤に乗せ計っていいものだろうか。多少の不自由、多少の面倒臭い人間関係で、もし悪魔の増殖を押さえられるとしたら、その道の方が人間らしいのではないだろうか。はやりコミュニティーを創り上げてゆくことが大事なのではないだろうか。もし、ユ容疑者や宅間に殺められた者が自分の身内や友人、恋人だったらと真剣に想像出来るならば、貴方はどちらを選ぶだろうか?。 (記載日 2004/10/05) |