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◆イラク人質自己責任(発生日 2004/04/06) ●4月8日午後9時、カタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」がイラク国内で日本人3人が4月6日未明にイラク人グループによって拘束されたと報道。犯人グループは3日以内の自衛隊撤退を要求。 9日に政府は対策本部を設置。小泉総理は記者団に「撤退させる考えはない」と述べる。10日午後3時、イラクで人質となった3人の無事解放と自衛隊の即時撤退を求めるNPO「ワールド・ピース・ナウ」がイラクの民主化グループと連携して犯行グループと接触し、「3人を24時間以内に解放する」という情報を得る。午後10時半、カタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」にて拉致被害者3家族の代表者1人ずつの訴えが放映される。後日、捕らえられた3人がボランティア活動家・高遠菜穂子さん(34)、NGO代表・今井紀明さん(18)、ジャーナリスト・郡山総一郎さん(32)と判明。 ■15日午後、カタールの衛星テレビ局「アル・ジャジーラ」が人質3人がファルージャで解放されたと報道。日本政府も人質3人が解放されたことを確認。 ■17日11時前、イラク日本人人質事件で解放された3人の親族・関係者が、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ国際空港に到着。到着したのは高遠さんの弟修一さん(33)、今井さんの兄洋介さん(23)郡山さんの家族の代理人弁護士。 ■18日夕方、人質3人が関西空港に帰国。同夜に行われる記者会見には、ドバイの医師が3人は「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と診断し、弁護士が本人達は出席出来ないと表明。関西空港に到着した3人は表情が硬く、報道陣の問いかけにも応じなかった。羽田空港には午後7時55分に到着。 ■20日、3人は沈黙の帰宅。 ■高遠菜穂子さんは2000年から東南アジアでボランティアを開始、03年4月からイラクを往復。目的はストリート・チルドレンの救済活動。 ■今井紀明氏は劣化ウラン弾の脅威を伝えるべく若くして市民活動を起こしたフリーライター。 ■郡山総一郎氏はフリーで週刊朝日に所属の記者。 郡山氏はジャーナリストで仕事としてイラク入りしているが、他の二人はそれぞれ個人的に使命感を持って自主的にイラク入りしたようだ。私はこの報道をずっと沖縄宜野湾の友人のゲストハウスで見ていた。本来は那覇でBARを出そうと立地条件や物件の物色のために行っていたのだが、ほぼ数日をこのニュースで縛られたと言っても過言ではない。 マスコミは一見、淡々と事実を伝えているように見せてはいたが、視聴者に向ける視点は、彼等の「行動に対する批判」であった。 私自身もニュースを知った当初の感想は、あれだけ危険だと政府なりマスコミが取り上げていたのに、どうして個人で行ったのだろうという不快感だった。直接的に迷惑をかけれらることが無さそうに感じるかも知れないが、続々とイラク入りをした一般人が不適切な行動をしたことにより、国内でのテロを誘発したら、その責任をどう担うのだろう。いや、責任などを取ることが出来るはずもない。彼等は行くことが自由の許にあると感じていたのだろうか・・。もし、そうだとするとそれは相当な正義をかざしたエゴイズムであると言わざるえない。もう一点は家族の対応だ。彼等の命が救われたことは本当によかったと思っているが、あの叫び、マスコミに訴えかける姿にも納得が出来なかった。あの中に知ってる人間がいたことも不快感を増長したのだが・・。勝手に行かせたのか、送り出したのかは知らないが、明らかに騒ぎすぎだ。彼等が行っていた場所は戦場である。命あっていて欲しいと思う気持ちは分かるが、もっと割り切った冷静な対応をするべきである。少なくとも私が彼等の親ならマスコミには一切出ない。あの騒ぎが帰って来た彼等をもっと悪い状況に追い込んだと感じてしまう。 しかし反面、政府が漏らした無責任発言もいかがなものかと思う。拉致犯人達が撮ったと思われる人質が極端に恐怖におののいているビデオが繰り返し放映されていた。しかし政府は犯人達から強要された演技であったことは既に判っていたはずなので、作為的な発言だと言わざるおえない。もし、あの段階でそのことを政府側が知らずに発言していたとすると、知らなかった事が致命的な政府の無能力をさらけ出すことになるだろう。まるで勝手な行動をすると、こういう扱いにしてしまうぞと脅しているようだ。むしろ、こちらの方が怖い。 4月末、東京に帰って来てから、今井・高遠両氏のコメントが出るようになって、それなりに彼等の気持ちはよく理解出来るようになった。当初、善意の活動経歴をどのマスコミも殆ど紹介していなかった。これも情報操作であるとしか思えない。彼等の行動の原資を知っていたら視聴者に映る彼等の姿は明らかに違っていただろうと思う。少なくとも家族の自宅に山の様な嫌がらせの数は減っていただろう。このことの責任を問う声は未だにない。 私自身は彼等がイラクの支援や報道の方法にはもっと色々な方法があったように感じている。もう少し時期を見る対応があってもよかったではないだろうか。居ても立ってもでは子供に等しい。生きて帰ってこれたこれからの彼等の使命は大きいと思う。そして、自己責任論に持ち込んだ政府・マスコミの問題点は改めて浮き彫りされたわけである。政府・メディアには更に大きな自己責任を問いたいところである。 (記述日 2004/05/21) |