社会を語ろう。JOEの私見


自衛隊サマーワ入り(発生日 2004/02/08)

 ●9・11に端を発し、有りもしなかった大量破壊兵器を締め上げたことに始まった「イラク戦争」は遂に日本の自衛隊派遣にまで及んだ。
  2003年5月1日、ブッシュ米大統領がイラクでの大規模戦闘終結宣言を行なってから約1年。しかし、この間もイラク各地で激しい戦闘は続いていた。アメリカ兵の死者は確実にその数を増やしていっていた。
 2004年1月20日、陸上自衛隊の先遣隊がサマーワに到着。1月22日、航空自衛隊本隊の第1期イラク派遣部隊(約110人)が日本を出発。1月31日、衆院本会議で自衛隊派遣承認案件が与党の賛成多数で可決。野党および一部の与党議員は採決に欠席。
 国民には見えにくい形で2月8日、遂に日本の自衛隊は人道復興支援のための派遣行為としてイラク、サマーワへ自衛隊創設以来初めて戦闘地域との論議のある地区に、陸上部隊を派遣した。この日は100年前(明治37年)に日露戦争が始まった日でもあるらしい。自衛隊は戦争に行くわけではないが,武装した軍隊である。歴史的な一歩とも言えようか。わが国の国論は二分されている。
 陸自によるサマーワでの活動の3本柱は「給水」「医療支援」「学校・道路の補修」であるが、これまで実質的に戦闘地帯となっているイラク国内のサマーワを強引に非戦闘地域であるとしての派遣。自衛隊のイラク派遣は明らかに日本国憲法を根本から見直す問題に発展し、今後の有事事態の先制と防衛といった対応をどうするかという重大な決定と位置づけられるだろう。

 宿営地はムサンナー県サマーワ郊外(北緯31度16分・東経45度13分)、広さ約350haとのことである。位置も広さもさっぱり自分にはピント来ないわけだが、報道でも比較的安全な地域であることはなんとなく判る。しかし、そんな所に送り込む意味はよく判らない。どう考えてもお手盛りである。確かに危険地帯に送り込んで米軍と共に戦えと言うことはできないのだが。
 第1次派遣は(2004年2月〜5月)-群長・1等陸佐・番匠幸一郎(第3普通科連隊長兼名寄駐屯地司令・普通科)が担当し、北部方面隊から第2師団を中心に約500人弱が参加する。

 今回の派遣はアメリカの姿勢に巻き込まれている。いわゆるテロとの戦いというもので、確かに日本もいつテロに遭うか判らないわけで、その時に国内だけで処理出来るとは限らない。アメリカの力も必ず必要となるだろう。しかし、アメリカの元に集結することは換えって危険を招き入れないとも限らない。今のところは報道では、サマーワに入りした自衛隊に対してイラクの人々は歓迎してもらっているようだが、しかし、彼等の求めているものと、日本が供給するものが合っているのかは怪しいものである。兎に角、上手く対応して欲しいとしかいいようがないのだが、どうも今の日本の現状で戦闘状態になった時に的確な判断が出来るのか不安がある。
 しかし、始まってしまったものは仕方がない。内政に身を削っている小泉氏としてはブッシュを盾に利用しておくしか、今は外交的な手だてはないのだろう。何とも分かり易い構図である。当然、ブッシュもそれを利用しているのだろうが・・。
 (記述日 2004/02/08)





 7月26日 イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法(イラク特措法)が国会で成立。
 11月29日 在英国大使館参事官(45歳)と在イラク大使館三等書記官(30歳)が、イラク ティクリート近くを車で移動中襲撃を受け死亡。
(2004/08/30追記)





【RETURN 2004】