社会を語ろう。JOEの私見


飼い猫見ながら我思ふ

 ●今年の6月、前に私の店で働いてくれていたスタッフにお願いして、猫を2匹譲り受けてきた。多少、私自身が猫好きで興味があったこともあるし、何より母親が気が紛れるだろうとの思いで貰って来た。4匹の兄弟からうち2匹、好きなのをどうぞということで、茶色の斑と真っ黒の仔猫が我が家の一員となった。
 ブチを前の飼い主の名前をもらって「マスミ」、黒いのを知人が出ていた芝居の黒猫の主役名が気に入って「ノアール」とした。ノアールはフランス語でそのまま黒という意味である。ま、和風と洋風に別れたわけである。意味はない(笑)。
 家に来たその日は本当に滅入った。二匹とも新しい環境に慣れずに部屋の角に逃げ込み、餌を置いても全く出てこない。様子を見ようと覗き込むと黒いのは凄まじい形相で牽制したが、ブチは水さえとらず死にそうな感じだった。丸反日経っても状況は変わらず、2匹はミルクも飲まない。
 散々考えた挙げ句、私は一か八かの勝負に出て、洋服掛けの奥でウジウジしている二匹の首根っこをひっつかまえて、宙に吊したまま猛烈に猫達に抗議を始めた。勿論、2匹に内容が判るとは思えない。だが、私は、もう母猫とは会えないこと、此処が新しい住まいなこと、新しい環境で逞しく送らなければならないこと、餌を食べないと死んでしまうこと、今死んだら無駄死になことを、懇々と説教した。それも結構大きな声で20分ぐらいはしただろうか、そう、私は今は独りものだが、子供がいたので、急に父親に戻ったのである。そして彼等を人間の様に扱って怒る手段を取ったのだ。
  するとどうだろう!。ずっと聴いていた彼等を降ろすと、まるでその瞬間から言葉を理解したかの如くに、申し訳なさそうな顔をして、餌場に向かい餌を食べ始め、腹が膨れると甘え始めたのである。ほぼ一日経っていたが、これには私の母親も私に手を叩いて賞賛を送った程の出来事だった。私も死んで欲しくなかったので必死だったのである。このサングラスのオヤジ、意外と信用出来るかもって彼等も思ったのかも知れない。
 翌日からは家の中の大冒険が始まり、物は壊すわ、寝かせてはくれないわ、大食いだわ、それからは、もうご多分に漏れず彼等の天下である。勿論、彼等の貢献もやりたい放題に匹敵するだけのことはあった。彼等はちゃんとネズミを捕るのだ!。棟続きでバラックの我が家にはどうしてもチュウ太郎が入り込む。既に大きいのを一匹と中ぐらいのを一匹獲った。見事!。上品そうで、教わってもいないのになかなか天晴れな仔猫達。後の掃除は大変だがこれは誉めていいだろう。それだけではなかった。私が余りに悲しい映画を観て、涙していたりすると、ノアールは気遣いを見せて私の涙を舐めながら、宥めたりしてくれる。これには流石に参って感動してしまった。
  正直に言うと、彼等が来るまではテレビのペット番組や報道、餌の宣伝には見ているだけで不快感を感じていた。ペットのせいで人間同士の付き合いが希薄になるばかり、物言わぬから可愛いとは何と短絡な発想、人間並みに扱っているが子供は育てられるのか、外で撒き散らす糞の始末も出来てない、血統書主義から起こる奇形動物達、様々な問題を感じてペットボケの飼い主や販売者達は本当に頭が悪そうだ、などと相当冷ややかに見ていたのだ。余りのペットブームに不穏を感じていたが、今は更に不穏を感じている。半分ジョークのつもりで書いているが、半分は自分も社会の患者かも知れないと思いつつ書いているからだ。
 だから、私は部屋猫と決め込んで彼等を飼うことを断念した。彼等にもある程度の自由を与えて共存することを選んだ。お互いにらしく生きる方がいいのだと感じたからだ。病気を持ってくるかも知れないし、多分蚤も持って来るだろう。だが、こちらも美味しい餌を与えるだけの優越感に浸るだけの存在にはなりたくない。部屋でも我が侭ばかりはさせてもらえない。容赦なく私に叩かれる。餌も美味いものばかり貰えない。でも、彼等は分もわきまえている。解放された窓から時間が来れば帰って来るし、甘えるだけ甘える時もある。その姿にこちらも癒される。これってきっと昔のままの猫と人間の関係だと思う。が、書き終えて見るとはやり馬鹿な飼い主かな。余り社会のペットブームを批判は出来そうもないな。ポリポリ。
(記述日 2003/11/30)






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