|
◆道路公団総裁更迭(発生日 2003/09/22) ●石原国土交通相は9月22日の大臣就任後の記者会見で、日本道路公団の藤井治芳(はるほ)総裁(67)を更迭する方針を明らかにした。藤井氏は公団が債務超過であることを示す財務諸表を隠蔽(いんぺい)していた疑惑を今年7月、公団の幹部職員から内部告発されていた。藤井氏は、その財務諸表の存在を国会や民営化推進委員会で否定していたが、公団の調べでも資産評価の作業を組織的に進めたことが判明。財務諸表も公団のコンピューター内に存在することが確認された。 財務諸表をめぐって混乱を招いた藤井氏に、民営化を控えた公団の経営は任せられないと石原国交相は判断。「藤井氏は道路を造り続けるために選ばれた総裁だ。しかし、小泉内閣は分割民営化して無駄な道路は造らず、経費も削減して無駄なコストは省いて料金を下げていこうと決めた。その状況に相応しくない」と更迭の理由を述べていた。 後任には今年4月に相談役に就いたJR西日本の井手正敬(まさたか)氏や、他の公益企業のトップ経験者や官僚OBらの名前が挙げられ始めた。 石原国土交通相は10月5日、藤井総裁の更迭を決め、小泉首相に報告、首相も了承した。石原氏は同日、公団が債務超過であることを示す財務諸表の存在などを巡って約5時間に渡り、藤井氏から事情を聴いた上で、「国会での答弁が変遷し、信用が失墜した現状では民営化という大改革を遂行することはできない」と混乱を起こした責任に言及。「私を納得させられないということは世間も納得させられない。世間がどう思っているか考えてください」と再度更迭の意思を述べた。この段階では総裁はすんなりと移行しそうに見え、石原氏は後任の人選が決まるまで総裁職を副総裁に代行させる考えを述べた。 石原氏は首相への報告後、藤井氏に電話で6日午前に辞表を提出するよう求めた。 しかし、藤井氏は石原氏から辞表を書くよう迫られた際、「今は書きません」と拒み、国交省大臣官房に「自ら辞表を書くことは差し控えたい」と電話連絡をした。これを受け、石原国交相は日本道路公団法に基づき、総裁の解任手続きに入ることを指示した。7月以降に浮上した藤井氏の資質問題は、大臣による解任という異例の強硬手段で決着することになった。特殊法人のトップ交代は、任命権を持つ担当大臣が辞任を促す形が慣例で、解任に踏み切るのは極めて異例の対応であった。 藤井氏は同夕方に出した談話で「石原大臣は会談の場では、私に更迭の理由を明確にしていない」と主張。石原氏が財務諸表問題で疑念がぬぐいきれないことを更迭の理由にしたことに対しても、「公団として作成した財務諸表は扇前大臣の全般にわたるご指導を受けた」とするなど、「前大臣の指導」まで持ち出した。さらに「石原氏が私の説明に『納得できない』と一方的な見解を述べたことは、改革に汗をかく道路公団職員、民間からの先生方、扇前大臣の名誉のためにも了承できない」と、石原氏を批判した。 道路関係4公団民営化推進委員会のメンバーで、作家の猪瀬直樹氏は「藤井さんは道路だけが人生という人。命がけの抵抗をしたんでしょうね」と皮肉った。 一方、官邸内では、内閣改造で首相が石原氏を国交相に任命する直前まで「藤井氏を切るには、財務諸表をめぐる混乱だけでは大義名分が不十分で、容易ではない」との見方が強かった。「藤井さんは名誉にかけて訴訟を起こすかもしれない。新大臣にとって目も当てられない事態になり、大変な時間がかかる」と判断していた政府高官もいて、状況はその通りの大混乱の様相を呈してきた。 実際、藤井総裁の解任は、本人からの異議申し立てや行政訴訟も辞さない抵抗姿勢から混乱の極に達した。そんな渦中での人選に民間人の候補者達で簡単に受諾するものはいなくなっていた。 そりゃそうだろうな、素人の私の目から見ても、解任がこじれたのは、小泉首相や石原伸晃国土交通相側にもそれなりの責任があると感じられた。藤井氏を抵抗勢力の象徴とし、その解任を政治ショーのように扱い過ぎている。小泉首相は後ろから石原氏を操りながら、改革の旗を振っている芝居をさせていた。新総裁選びも衆院選向けの人気取りに利用しようとしたことは間違いない。多分、藤井氏にも問題があったことは間違いないのだろうが、余りにもパフォーマンスが過ぎている。そろそろ、この政権も怪しくなってきた。 この問題は長引いた末に、ようやく10月24日以降欠員となっていた日本道路公団の新総裁に、近藤剛(たけし)前参議院議員を11月20日付けで任命した。この人選はマスコミの大方の扱いでは、成り手が見つからず、結果党内から起用せざるを得なくなった。近藤氏は民間の経営者出身に違いないが、これまで道路行政との接点はなく、総裁としての手腕はあくまで未知数であるとのこと。 近藤新総裁は、昭和39年に早稲田大学政経学部を卒業。同年伊藤忠商事に入社。シアーズ・ワールド・トレード社特別顧問、ペトロリウム・ファイナンス社副社長(ワシントン駐在)、伊藤忠アメリカ会社ワシントン事務所長などを経て、平成10年から伊藤忠商事常務取締役、12年常任顧問政治経済研究所長などを務めた。団体では、経済団体連合会特別顧問、日本経営者団体連盟特別参与、経済同友会幹事と歴任。13年7月からは参議院議員となっていたが、総裁となるにあたって辞任した。東京都出身、62歳。 (以上の記載にあたってはasahi.com他の資料から一部引用した) しかし、道路公団の利益のみを考えて生きていたような官僚の藤井氏と政権維持のためなら、力づくで席を入れ替える政治家の小泉氏もどちらも国民の方には向いていないことに呆れ返るばかりである。 (記述日 2003/11/26) |