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◆水泳陣、日本にパワーを (発生日 2003/07/27) ●2003年7月13日〜27日の間、スペインのバルセロナで第10回世界水泳選手権が開催された。競技はバルセロナ・オリンピックが開催されたサン・ジョルディ・スポーツ・パレス(Palau d'Esports Sant Jordi/日本人建築家磯崎新氏設計)、及びモンジュイック市営プール(Piscina Municipal de Montjuic)、バルセロナ水泳クラブプール(Club Natacio Barcelona)、ポートベル(Port Vell)等で行われた。 テレビ朝日では連日、様々な時間帯で競技の模様を放映していた。私は特に水泳に興味があったわけではなかったが、つい連日引っ張られてテレビ観戦していた。 当大会が始まる前に偶然に見た深夜の特番で平泳ぎの北島康介とバタフライの山本貴司、メドレーの森隆弘選手等の努力の過程や科学的な検証を見せてくれていたのが、引き込まれた理由かも知れない。元々はこの選手達を知る由もなかった。 世界水泳の最初はシンクロで日本が得意とする種目である。日本チームは新種目フリールーティン・コンビネーションは素人目にもメダルクラスの美しさであった。強豪のロシアがフリーに参加していなかったことも手伝って、金メダルを獲得してくれた。 チーム戦ではロシアがやはり強かったが確実に銀を獲ってくれた。シンクロは日本は相変わらず強い。 競泳では100米、200米の平泳ぎで北島が2つのワールドレコードを出し、見事金メダルを獲得した。この選手は大変若い選手だが、驚くほどの意志力を持っており、目の輝きが素晴らしい。技術の向上は科学的なトレーニングや情報分析から培ってきたようだが、水泳の選手というよりは、のりにのっているロッケンローラーの様な印象だ。現場でのインタビューをとっていたウンナンの南原氏に「すんげえ、嬉しい。100と200では全然違う。オリンピックで4着になってから、ずっとこの機会をねらっていた」と語ってコメントもロックしていた。元気をくれる若者である。 バタフライでは強豪アメリカのマイケル・フェルプスについで銀メダルに輝いた山本の泳ぎも軽快で感動的だった。ゴールした後に左手の薬指にはめた指輪にキスして大きく突き上げた姿が若い割に凄く似合っていた。 50米背泳の稲田法子が国際大会では初のメダルを獲得したのも嬉しかった。バルセロナ五輪の時は、同じ中学2年だった岩崎恭子が金メダルを獲得したが稲田はその時12位だった。その後、シドニー・オリンピックで一度引退したが、再起しての銅メダルだった。 水泳と言えば誰でも知っているのはイアンソープだろうか。若さと強さとハンサムぶりで、世界の水泳界で人気のオーストラリアのソープは、200、400米自由形、800米リレーでは世界記録は金メダルながら世界記録は無し。苦手な100米に出て3位。400米リレーではまさかの4位と振るわずソープはちょっと後退気味だった。 そして、27日の最後の種目、競泳の圧巻は男子400米メドレーだった。オーストラリアはソープをアンカーに使い、予選1位で通過したかに見えたが、まさかの引き継ぎ違反。予選で姿を消してしまった。予選で日本新記録を出した日本は、繰り上がって2位で通過。これはラッキーだった。決勝では何とかフランスの猛追追をかわして日本新記録更新の3位でゴールした。この種目で日本がメダルを獲得するのは1960年ローマオリンピック以来43年ぶりとのことらしい。 いよいよ、水泳ニッホン復活の兆しである。 結果、日本は以下のような結果を納めた。 金メダル3個。100平:北島康介、200平:北島康介、シンクロフリー:女子 銀メダル3個。200蝶:山本貴司、シンクロデュェット:立花・武田、シンクロチーム:女子 銅メダル3個。400メドレー:男子、50背:稲田法子、200蝶:中西悠子 狙ったように3個づつのメダルを獲った。前回2001年の福岡大会では同数のメダルを獲っているが、金は1個で10番目だった。メダル数では日本は6番目に入る健闘をみせた。いやー、楽しませてもらった。来年のオリンピックが楽しみである。水泳人の特徴は自由な個性と意志力という感じだろうか。力が入りすぎておらず皆泳ぐのが楽しくて仕方がないというところが気持ちいい。水泳に限らず、取組の意識改革があれば、日本は他のスポーツでも強くなっていきそうなのだが。社会的に暗いニュースばかりが多いので、若者達の躍動を取り上げてみた。 (記載日 2003/07/30) |