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◆北谷少年殺人遺棄事件(発生日 2003/06/26) ●6月26日午後1時頃、沖縄県北谷町内の中学生・座喜味勉君が少年グループにより殺害、死体遺棄されるという事件が起きた。桑江中学2年生の座喜味勉君(13)は26日午後1時頃から約2時間にわたって、同町吉原の墓地敷地内で鉄パイプや角材で殴られたり蹴られたりの暴行を加えられて殺害された。 犯行少年グループは本島中部に中学3年の男子生徒(14)、と県立高校1年の男子生徒(16)、中学2年生の男子生徒(13)、また、中学3年生の女子生徒(14)。少年達は午後4時頃までに約10分離れた墓地裏の斜面のくぼみに遺体をを引き入れ、上から土を被せて遺棄した。女子中学生は暴行には加わらず、死体遺棄に関与したとみられている。少年3人は逮捕、13歳の少年は補導し、コザ児童相談所に通告した。 事件の発覚は7月5日午前3時ごろ男性から通報があり、県警が同日午前10時45分、座喜味君の遺体を発見した。遺体は私服姿で腐敗が激しく、一部白骨化していた。県警は指紋などから遺体を座喜味勉君と断定した。 座喜味君は少年グループと普段から親しくしており、少年達の家に寝泊りをしていたが、仲間の少年の母親の財布から金を盗ったと疑われ、態度が生意気だという理由で、少年達は座喜味君を呼び出し犯行に及んだという。 悲しいことに、この少年グループによる犯罪は前例のないぐらい残虐な殺人死体遺棄事件だ。仲の良かった友人を鉄パイプや角材で2時間にも渡って殴る蹴るなどして殺害し、その遺体をまるでボロ雑巾の様に捨てて土を掛けて埋めた。捜査本部の調べでは、座喜味君の頭がい骨には右目上部の額部分にひびが入っており、この部位への殴打が致命傷となった様だ。また少年達は、暴行の際に木の棒以外にもプラスチック製のパイプや箒、角材など現場にあったとみられる数種類の凶器を用いたと供述している。 がっくりしてしまう事件だ。つい先日、長崎で起こった12歳の少年の事件のコメントを書いたばかりである。全国的にも若年層の凶悪刑事事件は増えている。この社会には間違いなく何かが欠如してきているに違いない。少年や少女達にさえあったバランス感覚が失われつつある。凶暴化している原因は何だろう。子供達の世界を大人達が無視し始めた結果ではないのか。昔は子供の喧嘩に大人が口を挟むことは恥ずかしいと思われてきたが、それには自分の子供達との会話という基本ベースがあっての理解だったと思う。 座喜味君は不登校を続けていたらしい。この事件でインタビューを受けた中学校長は「校内ではいじめはありません」と断言したが、果たしてそうだったのだろうか。教師に彼等は見えていたのか、親達に見えていたのか?。多分、今は過保護を振る舞いながら無関心になって来ているのではないだろうか。 また、犯行現場を目撃した人が複数いたということだが、目撃者は異常性を感じなかったのだろうか。早急な通報の必要性を感じなかったのだろうか。まさか、そこまで沖縄特有なてーげーということはあるまい。もし、そうならちょっと切ないが・・。 それぞれの教師・親・関係者と犯罪を犯した少年達の関わりを詳しく知りたいと思うが、少年法の枠によって多くは影に隠れてしまうだろう。 ここで新しい意見を述べる必要はなさそうだ。前回のコメントを再び此処で流用する。 此処で最終的に述べておきたいのは、やはり教育が必要であるということである。少年(達)がゲームの影響を受けていたかどうかは判らないが、現実で行っていけないことの認識力が余りにも不足している。恐らく現状の教育ではこの対応が成されてはいないだろう。実際に言葉で説明して分かる物ではないかも知れないが、意味が多少分からなくても、先ず日本が法治国家であること、罪を犯すと罰があることはしっかり伝達して欲しい。昔は戦争の傷みを抱えた大人達が無意識に善悪を説いていたように感じるが、現在の多様化した思考の時代には、明言が必要だと感じる。 と同時に、生体が持つ痛みとその同調性、人間が持つ精神的傷みとその同調性を理解させる方法として、生き物を育ててみる経験と、精神修養的な意味合いでのスポーツ、出来れば男子には武道を推奨したいが、自らが感じる痛みをしっかり認識させるべきだろうと思う。 この事件に関わらず、社会的に起きる歪んだ事件の修復は大人が大人としての役割を果たすことが最大の改善策ではないだろうか。皆さんからのご意見も伺いたい。 (記述日 2003/07/28) |
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2004年2月23日、午前、那覇地裁沖縄支部にて北谷町少年殺害死体遺棄事件の判決が言い渡された。裁判所は首謀被告少年(17)の殺意を認めなかった。判決では殺人から傷害致死に罪名を変更し、懲役4年以上6年以下の不定期刑(求刑同5年以上8年以下)となった。遺族は無念さを滲ませ、泣き崩れた。大人の扱いとして裁かれはしたが、余りにも軽い刑であるかも知れない。同様の事件が増えないことを望みたい。 (2004/02/23追記) |