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◆ロス疑惑結審(発生日 2003/03/06) ●1981年11月18日、米国ロスアンゼルスで、雑貨輸入会社フルハムロード経営三浦和義社長と夫人の一美さんが何者かによって銃撃された。一美さんは頭を撃たれており植物状態だったが翌年11月に死亡した。当初、この事件は夫の証言から白いバンに乗った何者かによって二人が撃たれ、1200ドルを奪われたという強盗事件として扱われた。夫が足に銃弾を受けながらも妻の命を助けようとロス市警にヘリコプターでの輸送を求めた美談としてマスコミが取り上げた。 しかし、1984年1月から週刊文春の特集「疑惑の銃弾」によって三浦和義氏本人による保険金詐欺事件ではないかと報道され、そこから警察が動くという異例の運びとなって、1981年8月の「一美さん殴打事件」と11月の「銃撃事件」で三浦氏は一転容疑者となった。 84年3月29日には、ロサンゼルス郊外のサンフェルナンド・バレーで1979年5月4日に発見された黒いビニール袋に入ったミイラ化した全裸遺体「Jane Doe88」が三浦氏の会社の元取締役で行方不明になっていた白石千鶴子さんと判明し、疑惑は更に大きくなっていった。事件は本格的に警察の手によって調べられてゆくことになる。 87年8月7日、東京地裁は「一美さん殴打事件」では、ロスのホテルで元女優矢沢美智子(当時24歳)を使って一美さんをハンマーで襲わせたとして、殺人未遂で懲役6年を言い渡した。この事件では最高裁もこれを支持して98年9月16日刑を確定した。 しかし、「銃撃事件」に関しては、実行犯と思われていた駐車場経営者社長と三浦氏を殺人罪で起訴していたが、98年7月の二審で逆転無罪となっており、一度自由の身となった三浦氏は「殴打事件」の服役を務める。 そして、2003年3月6日、最高裁は最終的に「銃撃事件」では無罪の判決を下した。実に事件から22年4ヶ月を経て結審した。 私も当時の加熱したマスコミ報道を思い出す。若い頃の彼は非常にスマートで多弁でいかにも女性には優しいという印象だった。当時20代だった私も非常に彼のことは特別な個性を持った存在として見ていた。殺人者かも知れないと思いつつも、魅力を感じていたこともあった。マスコミはそんな彼の別な顔を掘り下げようとしていた。多分、記者達は限りなく黒に近いと睨んでいただろう。そして確信していたことだろう。しかし、三浦氏のアイデンティティーはその思いよりも遙かに腰の重さを持っていたと言わねばならない。 最終的に法は「疑わしきは是を罰せず」という結論を出した。彼は間違いなく今は唯の人である。聴くところによると、静かな余生を送りながらも、「殴打事件」の再審も目指しているらしい。 さて、そうなると結局一美さんを襲い死に至らしめた犯人は一体何処に行ったのか?。真相は闇の中である。三浦氏には是非「再審請求」よりもして欲しいことがある。それは獄中から起こした500件に及ぶ訴訟で6割を勝ち取った賠償金を元手に、是非一美さん殺害の真犯人を追って欲しいということだ。彼ほどの情熱と戦意と知恵がある人であれば、不可能ではないような気がする。警察が見失った真実を是非白日の下に曝してもらいたい。一美さんにとっても、三浦氏にとっても社会に対してもそれが一番安らぐ道ではないだろうか。彼の今後に期待したい。(記載日 2003/03/06) |