事件を留めよう。JOEの私見


福岡少女監禁事件 (発生日 2002/03/06)

 ●また、奇々怪々な事件が発生した。21世紀に入って常識では理解を超える事件が次々と起こっている。新しい事件は強盗や怨恨等という比較的分かり易い動機とは、また違った顔を覗かせ、その顔の奥を見ることが大変に難しい。警察も近年の事件にはかなり苦労していることだろうと思う。

 2002年3月6日早朝、北九州市小倉のマンションで監禁されていたA子さん(17歳)が抜け出し、祖父に助けを求める電話をかけた。無事、祖父宅に戻ったA子さんの証言から祖父が警察に連絡して事件が発覚した。

 福岡県警は翌7日、元布団販売会社経営・松永太容疑者(40歳)と元幼稚園教諭の緒方純子容疑者(当時40歳)を逮捕した。二人に対する尋問で別のマンションに男児4人も監禁していることが判明。後日、このうちの6歳になる双子は、松永が一年前に「俺と一緒になろう」と誘われて家出した女性(当時35歳)から2000万円を受け取り松永と緒方が引き取った子供だった。あとの9歳と6歳の男児は二人の間にできた子供だった。
 A子さんは6年前の1996年ごろ、監禁から抜け出したマンションに近い別のマンションに当時34歳だった父親と暮らしていた。そこへ、松永と緒方が転がり込んできた。A子さんの父親と松永らとの関係は現在のことろ明確になっていないが、借金のトラブルに巻き込まれた可能性が高い。
松永は、間もなくA子さんの父親に電気ゴテのようなものでショックを与え続ける。やがて死亡すると浴槽で死体をバラバラに切断して大分県国東半島沖でフェリーから遺棄したと証言した。A子さんは、それから引き続き監禁状態が続いたが、松永は電気コードを胸にテープで貼り付けて電気ショックを連日与えたり、「足の爪を5分以内に自分で剥げ(実際に剥いだ)」などと脅迫して1ヶ月の重傷を負わせた。
 松永は福岡県柳川市で出生。緒方は久留米市で出生。共に裕福な家庭に育った。二人は高校の同級生で卒業後、松永は布団販売会社の経営、緒方は短大に進学後、幼稚園の教諭に就いた。ここまでは、二人に強い接点は無かったらしい。
松永は、布団販売のノルマが達成できなかった社員に殴ったり電気コードで感電させて喜んでいた。松永が社員に拷問する部屋にはコンセントが6個もあったという。社員も元々は松永の巧妙な布団販売の詐欺にあい借金返済を迫られていた。社員には暴力団との関係を臭わせ脅迫していたため逃げ出すことができなかった。松永には電気ショックで悶絶して失禁するなどを見て喜ぶ性癖があった。
その頃、緒方は幼稚園の教諭をしていた。園児の保護者からは「優しくて面倒をよくみてくれる良い先生」との評判が高かった。ある日、緒方の不注意で園児が怪我をした。この園児の父親が暴力団関係者で緒方に対してどなり込んできた。自信を失った緒方は同級生だった松永に相談。これから二人の関係が始まった。
 やがて、緒方は幼稚園を退職。松永が経営する布団販売会社に経理担当として入社した。その後、どのような経緯があったのか不明だが、緒方も社員に対して電気ショックの拷問をするようになっていった。
 平成4年の夏頃、布団販売会社が不渡りを起こし事実上倒産した。この頃から二人は高利貸し業を始めたり、多重債務者の子供を預かって金を得るなど「夜逃げ屋」稼業で住居を転々とする。

 二人の関係も特異だが、現在、まだこの事件で浮かび上がって来ている内容は少ない。どうやら糸を手繰ってゆくと、更に被害者が大勢いそうな感じである。闇の底がどこにあり、何人の被害者が眠っているのか・・。二人の周囲の行方不明者は多い。また、子供達を監禁していたメリット等も判りにくい。当然に子供達が逃げ出すことも想定は出来ていた筈である。また、どうやって生活を送って来られたのか、金銭的な流れも不明瞭なままである。今後、継ぎ足してゆきたいと思う。

(記述日 2002/03/10)



-公  判-

平成17年9月28日福岡地裁小倉支部はA子さんの父親と緒方の母親、妹の3人について松永と緒方が共謀して殺害したと認定。緒方の父親に関しては傷害致死罪を認めて2人に死刑判決を言い渡した。
(記述日 2002/09/30)





【RETURN 2002】