政治を語ろう。JOEの私見


無責任巨泉辞任

 ●2002年、1月29日、民主党の大橋巨泉参院議員が国会内で井上裕参院議長に会い、議員辞職願を提出し受理された。近く開かれる参院本会議で正式に承認される見 通し。
民主党に入党していた大橋巨泉が辞任した。この日は自民党の田中真紀子が更迭され、鈴木宗男の衆議院運営委員会議長辞職も起こっていたが、個人的にはこのことに一番憤りを感じた。彼が明らかに政治と政党の環境に嫌気がさして辞めたことが判ったからだ。
永くメディアの世界におり、ところどころでは政治的な視点から発言していたことも覚えている。だから、政治の世界に引き出されたことに、それ程の違和感を感じることはなかった。彼が議員となった時は若干の期待もあったのである。放送界での永い経験もあり、外国語にも堪能で、昔から物事へのアングルも面白いものを持っている人物であったからだ。小さな時には「11PM」という深夜番組で司会をしていた時は密かなファンであったこともある。しかし、これほど腑抜けだとは思わなかった。想像力が足りなかったのだろう。
彼はカナダの地で平穏な生活に慣れすぎてしまったようだ。彼の妻が心臓に病を持っていること、そして自分自身も身体的な問題を抱えての移住だときいていたが、だが、立候補した以上、あらゆる覚悟は決めて出て欲しかった。
これでは、結局、小泉人気に対抗するすべを失って、誰でもいいから有名なタレントを擁立したかった民主党に使われたに過ぎない。担ぎ出した民主党も最後は呆れ顔だ。当初、彼は自分でも小泉内閣を倒す為に立ち上がったと言っていた。それで腰を上げたと熱く語っていたのだ。だが、結局彼は執行部に中傷を残して去った。確かに党の執行部にも問題があったのだろう。しかし、それを含めての改革を望まれて彼は入った筈なのである。最後まで小泉打倒を貫き通してもらいたかった。彼は当選当時、41万票を得て当選した。ただのタレント議員とはひと味違った国民からの期待感があったのだろうと思う。しかし、現実の見解不足の彼と党の思惑は日々軋轢を増していったようだ。その辺りの状況はマスコミからも察することは出来ていたが、まさか、あれ程情けない辞任劇をたった半年という期間だけで演じるとは思いもしなかった。まるで子供である。
彼を出馬させた鳩山代表や管幹事も、この責任をとって執行部から身を引くべきだろう。また、今回の件で私はこれからは番組で巨泉に楽しませてもらった過去も含めて、彼を指示することはないだろう。もう日本には戻ってくるべきではない。ま、唯一、税金を永い期間無駄遣いせずにすんだことは不幸中の幸いなのだろうが・・。さらばハッパフミフミ。
(記述日 2002/01/30)






【RETURN 2002】