事件を留めよう。


テロリスト達の恐るべき妄執(発生日 2001/09/011)

 ●9月11日、私が生涯忘れることのない日がまた出来た。この時私はゴールデン街のギャンブルBARで麻雀を打っていた。その中のメンバーの一人に週刊フライデーの記者の友人がいた。携帯に記者仲間から連絡が入り、彼は麻雀を打ちながら、ラジオを聴こうとしていた。「何か大変なことが起こったみたいだなぁ」ボソリと一言呟いて、その話しには余り触れなかった。他の面子の物も余り気にとめず、私も四角いジャングルの現場にのめり込んでいて、全くと言っていいほど、その呟きに興味を示さなかった。だが、実際はその段階で大惨劇が起こっていたのだった。そのことを私が知ったのは、麻雀と酒の疲れで深く寝込んだ後の翌日の夜になってからだった。私は愕然とし、一日メソメソと泣き続けた。絶望感に覆われた一日だった。

 米東部時間の9月11日、8時45分すぎに、北の空からアメリカン航空機が現れた。その飛行機はそのまま110階建ての世界貿易センタービルの北棟第1ビルの上層部分に向けて突っ込んで大爆発を起こした。最初の爆発からわずか10分ほどが経った9時3分頃に今度は南側の空からユナイテッド航空機が南棟第2ビルの中腹部に突入。またもや大爆発を起こした。後から爆発した南棟のビルが崩壊したのはビルへの突入から約1時間後の9時50分すぎ。さらに10時半ごろには北棟も崩れ落ちていった。
 特集のニュースを見続けた。そして茫然としていた。少し時間が経ってから、初めに流していた涙とは別な涙が零れ始めた。

 私は最初、膨大であろう死者、重傷者、助けに飛び込んだ消防士達の勇気有る行為等に思いをよせ、現実のものとは思えない悲劇に嗚咽していた。その夜、私の心をとても理解してくれているガールフレンドから電話が入った。「参ったね。あなたも泣いているだろうと思って電話したの」と私を慰めてくれた。彼女の方がよっぽど度量があった。魂を抜かれていた私はその声のお陰で、電話をきった後から視点が変わっていくのを感じた。情報はまだ不足していたが、私は亡くなった人のためにではなく、憎しみという思いそのものに悲しみを覚えた。同時に激しい怒りも沸き上がってきた。私は同じ年齢であるウマサ・ビン・ラディンが行った行為に腹を立てられなくなっていった。憎しみはブッシュに向けられた。許せないと殺意を覚えたのはアメリカ大統領の方にであり、イスラムのテロリストの思いは私にはまだ複雑過ぎた。決して許されることではないが、あそこまでしなければならなかった憎しみを抱えたことに同情心まで抱いてしまった。ウサマはクリントン政権時代からテロの脅しをかけていたらしいが、クリントン時代にはそれは抑制された。爆発したのは世界協調路線から大きく外れはじめ、帝国のような力を見せ始めたブッシュ政権になってからである。つまり実行を決断させてしまったのである。貿易センタービル・飛行機の乗客達はまさにブッシュによって殺されたと言って過言ではないだろう。頭の悪さが半端ではない。だが、その頭が悪く、傲慢で組織的な大統領を選んだアメリカ国民も責任の一端を担がなくてはならないだろう。戦争もテロも指導者で起きることを再確認しなければならないだろう。

 更に私の思考の変化は進んだ。あのテロ自体はもの凄くレベルが高いということだ。ローテクにして超ハイセンスティブな仕掛けである。こんなことを賞賛してはいけないのは十分に判っているが、やはりその計画能力には頭が下がってしまう。もっと凄いことはこれを実行に移し、自爆を厭わず、恐れず、怯まず実行に移した精神とそれを与えた宗教観を持った者達が現実の世界に存在していることである。今回の件は戦争とは違う。有事下ならば、命の取り合いで人を殺めることも自分が死することも当たり前になってしまうのだろうが、これは平常時に起きた悪夢である。
 私達は21世紀に入って初めて見た、この恐ろしい悪夢にどのように対処するべきなのだろうか・・。テロリスト達の叫びがあるとするならば、「我々もこの世界にいる!。オマエ達は私達を無視してはいないか、蔑んではいないか!」という思いではないだろうか。いや思いではなく、きっとそれは怒りであり、妄執であろう。だが、その思い自体は悪であろうか?。自分と同じでない世界の人々は沢山いる。文化・民族・宗教の違いを何処まで私達は理解出来るだろうか。どこまで他という存在を敬えるだろうか・・。独裁のアメリカに落とされた鉄槌の脅威は決して他人事ではない。世界はこの瞬間から間違いなく、新たな熟慮を求められているのである。
(記述日 2001/10/01)



歴史は暴かれるのか。あれから流れは変わった。
百聞は一見にしかず。但し判断するのは自分である。

 

「Loose Change」はもう見た方も多いだろうが、まだな方は一度見ておいた方がいいかも知れない。作り手は当時二十代の若者だが、この他にも様々な研究者により911のテロ説に異論を唱える書が出版されている。
この動きは強くなりつつある。今や世界の視点は大きく変わりつつある。誰もがウサマが仕組んだと思っていた同時多発テロ。しかし、その実態はかなり怪しい。興味本意ではなく、様々な立証を積み重ねていったものを見ると、やはりオカシイところは満載である。私は今は信憑性が高いと感じている。
私からしたらテロリストの妄執であって欲しかった。まだその方が理解しやすいからだ。しかし、もしこれが戦争を起こすため自作自演だとしたら、アメリカという国は、いや政治家や経済界を牛耳る者たちは尋常ならざる狂気を内孕していると言わざる得ない。過去の歴史を見ると彼等のマッチポンプは一度や二度ではない。日本ではパールハーバーが上げられる。実際にやりかねないと思わせる歴史を彼等は持っている。同国民を平気で犠牲にする彼らの闇は深い。21世紀に入り世界は一層闇が深くなったように思える。何が真実で何が虚偽なのだろうか。それを見分けることは大変難しくなってきた。だが、この世界は世界の人々が回しているのでは決してない。ある特定の者たちが世界を動かしているということを覚えておかなければならないだろう。ブッシュが仕込んだとは思えないが、利害が一致している者たちの画策が巧妙に仕掛けられていた可能性は更に強くなっていくのではないか。
(記述日 2008/09/17)




【RETURN 2001】