政治を語ろう。JOEの私見


◆批判だけで何が生まれるのか

 ●私は恒久的無政党者である。今後ともそうであろうと思う。それが賢明だと思っている。幸いにも利権にも縁がなかった。だから、何がなんでも自民党政治という気も、小泉内閣という気もない。だが、信頼出来そうな人間を信頼しないで誰を信頼したらよいのだろう。確かに、数ヶ月経っても内閣が言っていることは一緒である。まだ始まったばかりだからという。聞き飽きてきた言葉ではあるが、私はそうだと思う。それが本音だと思うし、野党も実は判っていると思う。
 過去の内閣で改革を軽妙にやり遂げた内閣があっただろうか?。ましてや今回の構造改革というのはこれまでに例のない大変革である。一朝一夕に出来るわけがないし、やってくれとも思っていない。ただ確実に着手していって欲しいと願う。新しい考え方が沢山芽生え、それが力となるチャンスがあるからだ。行政の規模が国と県とは違いすぎるかも知れないが、三重県知事の北川氏等、ゼロベースからの見本を示してる行政の長が沢山出てきているので是非見習って欲しい。
 経済の問題もそうだ。野党は自民党を責めるが、この状況を変えることが出来なかった野党も同罪である。だから同じぐらい野党にも期待は出来ないということになるのを彼等は気付いていないのだ。
 これほどの破綻があと3年で修復出来るとは素人考えでも到底思わない。が、正しいと思うならやって欲しい。やって駄目だったら仕方がない。そのためには地位を打ち捨ててでも改革の表舞台に出てきて欲しい。ちょっと極論になるが、大人達も死ぬぐらいの覚悟があってもよいと思う。ただ、だらだらと生きるなら、後世のために身を注ぐ決意することも必要だろう。その気概がないから、これまで利権まみれの政治家や官僚達、危険な未成年者達を育てて来てしまったのだ。今のマスコミは何でいい子を演じようとするのだろう。そして役人達はこのまま楽な環境がいつまでも続くなんて幻から早く目覚めて、忘れていた志を思い出して欲しい。
 政治家の個別の政策には批判があっていいと思う。偏りは民主主義の必然なのであるから、起きあがった問題にはあらゆる手段を論じ合い、一丸となって立ち向かって欲しいのだ。何処かで「継続においての批判」が生まれる時期がなくては、本当の結果を知ることは出来やしない。目的は自分の立場ではなく、政治家個々が持つ理想の国作りである。そして国民はその中から理想の選択を行うということではなかったか。政治家はそのことを政治家である限り忘れて欲しくはない。
 今は日本の危機なのである。余程の不祥事がない限りは政権を変えるような時期ではないだろう。兎に角、始めて欲しい。ここは野党も待って耐える時期なのではないだろうか。信じて協力する時期なのではないだろうか?。協力体制が得られないことを知ってしまった小泉氏は自民党で戦う道しかなくなってしまったのだ。彼が時々見せる乾いた表情は、疲れただけではない。憤りを通り越えた空しさだろう。
(記述日 2001/07/21)



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