事件を留めよう。


レッサーパンダ冒子の意味は (発生日 2001/04/30)

 ●4月30日(月)午前、東京都台東区花川戸の路上で戸板女子短大2年生の小川真由子さん(19)が、動物の顔を象った帽子をかぶった若い男につけられ、逃げようとした際、持っていた包丁で腹や胸を刺された。小川さんはビルの間の細い路地で失血死。犯人は現場から逃走し、行方が判らなくなった。同夜に男が投げ捨てたと思われる帽子とサングラスが現場近くの植え込みでみつかり、翌日には約50メートル離れた隅田川上流の公園の茂みの中から凶器の包丁が見つかる。ご多分に漏れず、テレビを中心とするメディアはこぞって帽子男の殺人を興味深く取り上げた。犯人が捕まるまでは、オーム事件の時と同じように、この事件でワイドショーは番組の構成が継続されるだろう。案の定、マスコミは本日に至るまで、続報を流していた。勿論、私も事件の不可解さに成り行きを見守った。

 小川さんの通夜が行われ、実家の板橋区の斎場には400人近い人々が弔問に訪れた。この日、警察は目撃証言による犯人の似顔絵を公開した。レッサーパンダの帽子と特定された帽子男の似顔絵がまた、事件を奇異なものにしてみせた。私は何となく世界の何処かに前例的な類似犯が居たような印象を受けた。
 犯人は年齢20歳から30歳位。帽子の下の顔は細面であるがこれと言った特徴もなく、何とも無機質な感じだった。似顔絵の他に1週間で400件を越えた目撃証言では、身長は180センチで細身。髪は黒くボサボサで、キャスター付きの黒い旅行用バックを持っていて、サングラスをかけることもあるということだった。しかし、確かにこの明らかな帽子という特徴にとらわれて犯人の顔は大分ぼやけてしまい、実際は情報ばかりが錯綜していたようだ。世間では犯人の逮捕よりも、次の事件が起こるのではという恐怖感が沸き始めていた。
 可愛い顔はあるが顔のぼやけた犯人に警察は大分翻弄されていたようだが、日を追って的に近づいているようだった。上野辺りでホームレスらしき生活やカプセルホテルに泊まっていた事実も浮かんできた。それらの目撃者達の話しも奇妙な風体と町中でフランスパンをかじっていたりという奇行に目を囚われ「じっと見たら何かされそうで顔はよく見ていない」と同じ様な証言が続いていた。現場に物証を落としていることや、目立つ格好をしていることで知能犯とは考えづらかったが、一部では計画的な知能犯による犯行とマニア的な見方もなされた。混乱である。

 5月8日になると、犯人とよく似た動物の帽子をかぶった男が北海道・室蘭市のフェリーターミナルで目撃されていたことがわかった。警視庁は捜査員を派遣し、男の身元を確認した。
 5月10日、住所不定、無職、山口誠容疑者(29)が逮捕された。11日までの警視庁浅草署の捜査本部の調べに対し、「かわいくて、声をかけようとした」などと、いたずら目的で無差別に女性を狙ったことをほのめかす供述を始めた。小川さん殺害の約1時間前の4月30日午前9時半ごろ、現場から約500メートル南の墨田区吾妻橋付近で、別の女性にいたずらしようとしたが、抵抗されて失敗した。その後、山口容疑者は橋を渡って隅田川沿い上流に歩いた後、小川さんに出会って後をつけた。「声をかけようとしたら振り向いて、びっくりした顔をしたので、前の女性の失敗もあり、かっとなって刺した。背中を刺して、路地に引き込んでさらに襲った」という。

 小川さんは志し半ば19歳の若さで、全く見ず知らずの男によって、日中の町中であっけなく殺されてしまった。しかも犯人は人中を逃走し、姿を隠し、かなりの期間潜伏されてしまっている。日本の犯罪は奇妙奇天烈になりつつあると痛感する。それだけで済ませて欲しくはない。これは予兆であって、始まりに過ぎない。安心だった日本は日々その神話が壊れつつある。大きく膨らんできた法治国家風船には少しづつ見えない針が刺さって、いつか破裂してしまいそうな不安がある。私だけの不安だろうか。色々なことが希薄化していくなかで、一番軽くなっているのは実は命の重みの様に思う。人間は他の動物とは違う魅力を持っている。想像し、実現することが出来る。増えすぎ、潤った我々が忘れしまいがちなことである。機会は平等ではないが、権利は平等に持ち合わせている。誰かが何かを行いそれが我々に返って来ている。このことを忘れてはいけない。それは良いことばかりではない。
 当日のんびり警察の検問もなかった一帯・帽子に囚われてしまった通行人・派手に音楽を入れて事件性を煽る番組・主義も主張も思いもない故に増える精神病・喉元過ぎると何もかも忘れてしまう人生の通行人。被害者主体の見地は薄れてゆき、自分には起こらないと過ぎてゆく、起こった時にきっと誰も手を差し伸べてくれなくなるだろう。帽子のレッサーパンダは笑っているのだろうか。
(記述日 2001/05/12)






【RETURN 2001】