社会を語ろう。JOEの私見


21世紀漂流日本丸は何処へ向かう

 ●21世紀になった。私が思っていた21世紀は子供の頃に、テレビに映し出されていた漫画や、日々夢想した世界とは大分違った。相当に科学は進歩を遂げてタイムマシンが夢では無くなり、人は時間旅行を果たしているのではないか、そんな淡い期待は残念ながら、まだまだ先の世紀の話しの様だ。ただ、人間は想像できることは全て実現化出来るらしいので、何時かはきっとスペースシャトルに乗る以上の大金を払えば、時間旅行も買うことが出来るようになるのだろう。それは私が生きている間には無理かも知れないので果てしないロマンということに留めておこう。
 しかし、夢の世界はさておき、これから日本が向かう時代は一体どのような時代なのだろう。マスコミの報道ではまだまだ冬の時代が続くらしい。バブルが崩壊してからの修復は未だになされぬまま・・。株価は落ち込み、景気は上がらず、リストラは続き、雇用は一向に上がる兆しを見せない。どちらかと言うともう淋しい現実に慣れっこになってしまい、政治にも社会にも諦めムードで、無為な時だけが流れているような感じである。高度成長期が終わり、その終わりを告げるナイヤガラ花火の様なバブルが崩壊してから日本は経済的にも文化的にも世界の地位を転がり落ちている。
 私は最近結構自分でも驚いていることがある。40歳を越え、昨年の心筋梗塞で倒れてから、考え方、物事の見方が内側から外側へと大きく流れた。年齢的に社会的になって来たということも言えるのだが、やはり命を落としそうであった大病が、自分だけが生きている世界という、これまでの確定認識を改めさせたようだ。人は独りで生きているわけではない、ということを不惑を超えて、改めて気が付いたわけだ。
 自分のためだけでなく、何か社会に役立てること、それを考えるようようになった。私が抱えてしまった貿易会社の時の負債と父親が残した負債は余りにも私の人生にとって大きな負荷となったが、寧ろ気が楽になったこともある。死ぬときにゼロであればいい。そうだ子孫に美田を残す必要などないのだ。死ぬ時に運良く妻君などがいたなら、多少のキャッシュが残ればいいであろう。自分は少し焦りすぎていたようだ。大事なことは全てを精算することと、他に何が出来るかだ。私は今でも無宗教だが、真言密教にある価値観が理解出来るようになる。真言では煩悩のままに生きることを慎む。かといって極端な禁忌や苦行は、必ずしも良いとはいえない。つまりは、欲望を適度に節制し、心身を清らかに保ちながら、自省し、他人を傷つけることをせず、常に自分を含めたすべての人が快適に暮らせることを念頭に置いて生きることを目的としている。
 大切なことは、『今、いかにして、生きるか』であり、今が苦しいのならば、今、救われなければいけない。この世で救われなくて、あの世で救われる筈がない。なぜなら、未来は現在の延長にあるのだから。あの世は、この世の先にある。
 人間は、現在を生きている。もしも、現在、過ちを犯しているのなら、今それを悔い改めて、未来へと想いを繋いでいかなければならない。現在の自分に眼を瞑って、悔いるだけでは、未来はない。改めるべきところは改め、反省することが大事だ。その反省から、すべてはもう一度始まる。人間は学んでいくことができる。後悔するだけで止まってはいけない。道は先へと続いている。
 宗教的な見地のようであるが、今これから日本が向かわなくてはいけない方向が全てこの中にあると思う。
 マスコミの報道を見る度に暗い気持ちになり、心も卑屈になりがちだが、やはり一人一人の努力と改革への意識がこれから更に問われることになるだろう。全てを白紙に戻すことは出来ない。だからと言ってヒートアップして真っ赤に染まるのも危険である。私はこれからの日本がピンク色の世界であってくれれば良いと思う。バランスと穏やかさが必要だ。ちなみに私の店の照明は皆ピンクであるので、怪しさにやられないように(笑)。
 私はいつか果てる、だが、精神は未来に残すことが出来るのだ。実は私も先人達からの恩恵を受けて生きてきた。だが、全てのシステムは完璧ではないのだ。今は辛抱の時期だろう。きっと新しい世紀も苦難を重ねながら素敵な未来を描き出してくれるだろう。もし、人間が性悪説の基にあるなら、もうとっくに地球は滅びてしまっているだろうから。問題は考えること、そして実行すること、解決してゆく意識を持ってゆけば、また文化的な魅力有るアジアの一角に戻れるだろう。
(記述日 2001/01/02)






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