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螺 旋 の 城
よ う こ そ 螺 旋 城 へ |
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【城 門】 これはこれは当『螺旋城』まで、よくいらっしゃいました。 貴方がお越しになるのではないかと思い、此処まで迎えに上がりました。私がたった一人の城の住人であり、城主の「富士見 蘭」です。此所は「太陽の国」へ至る前の関城です。城とは呼べぬ小さな空間ですが、是非一休みされて、誰もが訪れることになる「太陽の国」へと向かう心の準備を始めて下さい。 そうですか、この城の存在はもうご存知でしたか。過去から構築され、更に未来に向かって城は今も造られ、その高さは天に届こうとさえしております。いいえ、目指しているところは太陽の許、『太陽の国』なのです。そこに向かうためにではなく、その事を知るためにこの城は造り上げられていきます。 果てしない時間の中で多くの価値を築きあげながら、向かうところは終わりのない魂の存続、そして得る喜び、それだけなのでございます。生きる喜びを感じているのは人間だけではないようです。魂を与えられたものは意識とは関わりなく、日溜まりや自然と溶け込んでいることに喜びを感じているような気が致します。 しかし、人だけは遠い過去からある才能を委ねられました。義務を授けられたと言ってよいのかも知れません。動物として生きてゆくことではありません。それは今生あるものの存続のための『旅立ち』の準備者なのです。人間は決して傲慢にではなく、目的を持って進化し、科学を追究してきたのでしょう。それは、いつか訪れる私達の太陽系にある太陽の終焉に気が付いているからです。この太陽が消滅した後も、私達が持ち出すことに成功した遺伝子はやがて、一度滅びるかも知れない動物や人類達を新たなる太陽に巡り会わせ、再び温もりに包まれる時を得るでしょう。私達地球の子達もそうやってこの星に訪れたのかも知れません。人類は出来るだけ多くの生ある物を運ぶための「ノアの方舟」の職人なのでしょう。人はそれに気が付かなくてはならない処に来たようです。
私の実体である「HIROSHI OKURA」は中学2年の時、長崎野母半島・高浜海岸で溺れ、臨死体験致しました。魂は光で出来ているのかも知れません。死にかけ、肉体から離れた時、自分が光であることを感じました。そして向かおうとしていた場所は太陽のようでした。そうなのです。あそこは光と熱の集積地、魂の集合場所!。新しい体を得て次なる旅立ちを始めるまでに記憶を失った生命は太陽の中に溶け込み、遙からも他の命を支えているのです。いえ、勿論根拠のない戯言と思われても構わないのです。私は魂ある物は転生を繰り返すと信じて疑わない者となりました。そして太陽こそが、全ての魂の集積地であるという『太陽の国』理論をお話ししたいのです。が、それをお話しするにはまだ私も勉強不足の様です・・。この魂を高見に掲げ、また人と生まれた次世にはすべらかに説明出来るように生きたいと願っております。そう、ひょっとするとあの教会を造ることに命を燃やし尽くしたガウディーもそのことに気付き、太陽を忘れないために天を見上げる程の高さを求めていたのかも知れません。 いや長々とこの吹き抜けの門前にて失礼しました。では宜しければ中にお進み下さい。 |